「思ったよりハードな生活になりそうだな」


 一時間後、俺は台所のテーブルに片肘を突きながら井戸で汲んだ水を飲みつつ休憩していた。
 家の中を一通り回って確認した成果を書いたメモを眺めながらこれからのことを考える。

 部屋の中に電灯はぶら下がっているものの、スイッチを押しても付かない。
 水道も蛇口はあるが出る気配はない。
 現代のインフラに慣れた身にはそれだけで辛い。

 トイレは井戸から水を汲んでくれば使えなくもない。
 浄化槽がどうなってるのかは気になるけど。
 女神様の気遣いなのか、風呂と炊事場は薪を使って使えるようにリニューアルされていた。

 薪で温める風呂は昔使った記憶があるが、炊事場に関しては時代劇くらいでしか見たことがないから心配だ。

「一番驚いたのは冷蔵庫が氷室になってたことだな」

 亡くなる前に両親が「一週間分は買いだめできる」と自慢げに写真を送ってきた通常の二倍はありそうな巨大な冷蔵庫。

 今から畑を耕すとして、いくら緑の手の力があるとはいえ野菜が育つまで食料ゼロでは死んでしまう。
 なので冷蔵庫に何か入っていないかなと恐る恐る開いてみたら。

「まさか冷蔵庫の中に氷室へ降りる階段があるとは予想外だったわ」

 その後、親父の部屋に置いてあったライターの灯りを頼りに階段を下りていった先には、かなりの量の食料が備蓄されていた。

 これも女神様からのプレゼントらしい。
 本当にいろいろがんばってくれたようだ。

「しっかし半月分くらいはありそうな食料はありがたいけど、一緒に置いてあった氷って無くなったらどこに取りに行けば良いんだろう」

 昔見た時代劇からの知識だと、冬の間に氷を作っていれておくんだっけか。
 でもここって雪とか降る土地なのだろうか。

 今は日本で言えば春のような陽気だけど、もしかして常春だったらどこか山の上まで最悪氷を取りに行かないといけないだろう。
 そう思うとゲンナリするな。

「とりあえずは生もの系を先に食べるか保存食に加工するしかないかな」

 裏の小屋の中に親父が使っていた燻製器があったし、それを使った燻製なら昔何度か作ったことがあるから出来なくもないはずだ。

 さっきチェックした時に、燻製用のチップも数種類あったしな。
 それも俺の記憶から女神様が再現してくれたのだろう。

 ただ、それを使い切った後はこの世界の木で作らなきゃならない。
 家の周りに生えてる木が燻製に使えるかどうか心配だ。

「さて一応当面の生活はなんとかできそうではあるけど、とにかくまずは食料の安定供給を目指さないといけないな」

 よっこらしょっと俺は立ち上がると玄関から外に出て庭の隅にある小屋へ足を向ける。

 この小屋は生前両親が畑道具等をしまっていた所なのだ。
 燻製器などのアウトドア用品もここにしまってあるのは前述の通り。

 少し建て付けの悪くなった扉を開けると、俺はその中から鍬を探し出して畑へ向かう。
 農業に関する知識は殆ど無いが、女神様から貰った種を植えるためにはまず畑を耕さなければならないことくらいは解る。

 少し荒れかけた畑の前で俺は仁王立ちする。

 さぁ、これからが俺のスローライフの始まりだ。
 自然に鍬を握る手に力が入る。

「それではやりますかっ!」

 俺は両手で持った鍬を高々と振り上げ、そして少し硬くなっている地面に向けて勢いよく振り下ろしたのだった。