「俺の望み……ですか?」
俺は机と椅子しかない真っ白な空間にいた。
眼の前の机の上には緑茶と和三盆のお菓子。
そして対面に座る黒髪セミロングで、毛先が少しふわふわしてる美女と一緒にお茶を飲んでいる。
「ええ、そうですわ」
彼女は優雅に一口お茶を飲むと、茶碗を置きつつそう答えた。
「そうですね、本当は貯金がある程度貯まったら亡くなった両親が残してくれた田舎の家でゆっくりとスローライフをしたかったのですが――――」
高校を卒業して都会に飛び出し必死に働いてきた。
働いて働いて、めったに実家に帰らないで働いて、俺が出張で海外にいっている間に事故で両親を亡くした。
俺はそんな現実から目をそらしたくて、更に仕事に打ち込んだ。
しかしどれだけ働いても元来の才能の無さを痛感するだけ。
同期がどんどん出世していく中、俺は一人取り残されていった。
それでも一生懸命働くことしか取り柄のなかった俺は、会社に命じられるまま休みも返上して働いた。
働いて働いて、それでも使えない社員と言われながらも命を削る思いで頑張った結果――。
「その結果が過労死……ですか」
「ほんと、このまま天国にいったら『なにやってんだ!』って両親に怒られますよね」
「大丈夫ですよ、あなたは天国に行きませんから」
「ああ、それはよかっ……ええっ! 俺もしかして地獄に落ちるんですか!?」
確かに親をないがしろにして仕事に没頭したのは罪だったのかもしれない。
でも地獄に落ちるほどなのだろうか。
いや、そこらへんは人によって価値観が違うだろうけど。
「それもちがいます。貴方にはこれから地球とは別の世界へ転生してもらいたいのですわ」
「へ?」
眼の前で微笑む美しい女性の口から予想外の言葉を聞いて俺は固まった。
「実は貴方がこれから行く『ライーザ』は少しだけ人類滅亡の危機に立たされていまして」
少しだけ滅亡の危機ってなんなんだろう。
固まったままの俺に向かって彼女は語り始める。
「人口もずいぶんと減ってしまって絶賛人材募集中なのですわ」
彼女の話をまとめるとこうだ。
そのライーザという世界は千年ほど前に突然の天変地異に見舞われ、それ以降世界中に魔物と呼ばれる種族が現れ人々を襲いだしたのだという。
結果、魔物以外の知的生物は絶滅の危機に瀕したそうだ。
そんな世界の人々が最後にすがったのが、神様。
つまり俺の目の前で熱弁を振るっている美女アレーナ様だった。
彼らの悲痛な願いを聞き届けた彼女は天界の掟が許す中で自分ができることを考えた。
そして思いついたのが特殊な力を持った別世界の住民を、その能力を強化した上でライーザに送り、世界を救ってもらおうというアイデアだった。
今まで百年位の間、そうやって異世界人を送り届け、現在はかなり安定した世界になってきているらしい。
「でも、俺そんな特殊な力とか全く持ってませんよ」
今までの人生、一生懸命働くこと以外は趣味も何もなく、もちろん特技もない。
そんな俺が異世界に飛ばされて何ができるというのか。
「そうなんですか?」
「えっ」
「えっ」
二人の間に微妙な空気が流れ、俺たちはしばしの間無言で見つめ合った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。今貴方の特技を調べてみますから」
そういうと彼女は空中から一冊の本を取り出すとページを捲り始めたが、すぐに手を止め俺の方を見ると申し訳なさそうに口を開く。
「……貴方のお名前はなんていいましたっけ?」
「えっ」
まさかこの女神様、自分が呼びつけた人間の名前を知らないだと!
そういえばこの空間に来てからずっと『貴方』呼びで名前を呼ばれた記憶がない。
本当に神様なのだろうか。
不安になってきた。
「田中です。田中拓海です」
「ああ、そうでした。田中さんでしたね。それでは調べますね」
慌てて彼女はもう一度手に持った本に目をおとし俺の名前を探し始める。
あの本に俺の特技とかそういうのが色々載っているのだろうか。
ちょっと見てみたい。
「あった、ありましたよ田中さん」
「それで俺の持ってる特殊な力って何かわかりましたか?」
「……」
「……」
無言で見つめ合う二人。
なんだろうこの空気、嫌な予感しかしない。
「特殊な力の欄にはですね……」
ドキドキする。
俺の中の秘められし力っていったいなんなのだろうか。
中二病じゃないけど期待しないわけにはいかない。
「えっと、その……『特になし』とだけ書いてありました」
「アンケートのその他書き込み欄かよ!」
思わずツッコミを入れてしまった俺に彼女はわたわたとしながら「あっ、でもですね」と続ける。
「備考欄に『がんばりやさん』と書いてありましたから大丈夫ですよ」
「小学校の通信簿かよ!」
「その下に『頑張りすぎて周りが見えなくなるので注意しましょう』とも書いてありましたけど」
「その通信簿、本当に誰が書いてるんだよ!」
結局俺には特殊な力は無いってことか。
あからさまにがっくりと肩を落とした俺を慰めるように「お菓子食べます?」と皿を俺の方に差し出す彼女。
「じゃあどうして俺なんかが選ばれたんだろう」
「そうですね。たぶんですけど手違いじゃないかしら?」
「手違いで元の世界の天国に行けなくされたと思うとやるせないんだけど」
「う~ん、かといって今更元の世界の輪廻には戻せないので……」
アレーナ様は顎に人差し指を当てて首をひねりながらうんうん唸って何かを考え始めた。
手持ち無沙汰のまま十分ぐらい待っただろうか。
「そうだ。こうしましょう」
「というと?」
「手違いとはいえ貴方を呼びつけたのは私達の責任です。ですので先程聞いた貴方の望みを叶えてあげましょう」
俺の望みってさっき言った田舎でスローライフしたいってやつかな?
魔物とかいて、微妙に危険そうな異世界でスローライフなんてできるのかどうかわからないけど。
「まず貴方に与える能力は『|緑の手(グリーンハンド)』というものです」
「どんな能力なんです?」
「この能力はすごいですよ。そして貴方の望むスローライフにはもってこいの能力なんですよ」
何やら得意満面の表情でそう告げた彼女に胡乱げな目を向けつつ話の続きを促す。
「それで、そのスキルの能力を教えて欲しいんだけど」
「はい、あなたの望んだド田舎一軒家でのスローライフにピッタリな能力なのですが――――」
自分が心の奥で望んでいるらしい事とはいえ、ド田舎とか言われるのは少し頭にくるな。
「どんなに育成困難なものでもあなたが育てれば最高品質のものが出来やすくなる能力なのです!」
何故かドヤ顔決めポーズな女神に少し引きつつも俺はその能力について考える。
確かに農業知識もなにもない俺が誰の助けも借りずにスローライフをするなら、その能力は非常に有用だ。
「それに作物も通常より早く育つんです」
「それはありがたいな」
「でしょう? 枯れた土地でも野菜を育てられますし、連作障害も起こらないんですよ。しかも出来上がった野菜の品質もわかるんです」
女神様は「野菜の品質チェックはそれで商売するには必要不可欠ですからね」と興奮気味に胸を張る。
「私、一生懸命考えて作りましたから」と鼻息を荒くする自称女神様に少し不安を感じる。
が、とりあえずスキルについてはわかった。
確かにド田舎でスローライフをするにはかなり有効なスキルであることは間違いない。
いくら自給自足を基本にすると言っても、時には街に出て生活必需品を買わないといけないだろうし、そのための現金収入は必要だ。
「あと、これは他の転生者の方も同じなのですが、体を一番動きやすい歳まで若返らせて病気とかも再構築の時に治して送ってあげますわ」
再構築とかいう言葉が何気に怖いが、それで若返って健康な体になるなら文句はないか。
いや、そもそも過労死したような体のまま異世界に送られてもスローライフどころではないだろうし。
「それとですね」
彼女はまたもやどこからかこぶし大の袋を五つほど取り出すとテーブルに置いた。
「これはあなたへのプレゼントですわ」
「なんなんですかこれ」
「いろいろな野菜の種ですね。向こうについたら育ててあげてください」
「野菜って、キャベツとかトマトとかかな。まさか異世界のわけのわからない野菜とかじゃないですよね?」
「大丈夫ですよ。異世界とはいっても、元の世界と植生は大きく変わりませんから」
女神様の説明によると、これから俺が転移させられる場所は人里離れた安全な山の中なのだそうな。
そこに土地付きの家を用意してくれているらしい。
彼女いわく「がんばっちゃいました」とのこと。
俺が「どんな家なんですか?」と聞いても「それはあとのお楽しみです」と教えてくれなかった。
何やら微妙にポンコツ臭のするこの女神様の事だから、森のなかに王宮並の御殿でも建てた可能性も否定できない。
「それでは早速転移させちゃいますね」
「えっ、まだ俺には心の準備とか出来てな――――」
彼女の行動を止めようとした俺の周りを光の輪が包み込む。
「それでは良いスローライフを」
まばゆい光の向こうで自称女神が小さく手を振るのが見える。
必死にその光の輪の外に出ようと試みるが、その光はまるで壁のように俺を阻んだ。
やがて光の眩さがどんどん強くなって行き、突如として不思議な浮遊感が襲う。
そして俺の意識は光から闇へ暗転すると、どこか遠くへ引き寄せられるように消えた。
俺は机と椅子しかない真っ白な空間にいた。
眼の前の机の上には緑茶と和三盆のお菓子。
そして対面に座る黒髪セミロングで、毛先が少しふわふわしてる美女と一緒にお茶を飲んでいる。
「ええ、そうですわ」
彼女は優雅に一口お茶を飲むと、茶碗を置きつつそう答えた。
「そうですね、本当は貯金がある程度貯まったら亡くなった両親が残してくれた田舎の家でゆっくりとスローライフをしたかったのですが――――」
高校を卒業して都会に飛び出し必死に働いてきた。
働いて働いて、めったに実家に帰らないで働いて、俺が出張で海外にいっている間に事故で両親を亡くした。
俺はそんな現実から目をそらしたくて、更に仕事に打ち込んだ。
しかしどれだけ働いても元来の才能の無さを痛感するだけ。
同期がどんどん出世していく中、俺は一人取り残されていった。
それでも一生懸命働くことしか取り柄のなかった俺は、会社に命じられるまま休みも返上して働いた。
働いて働いて、それでも使えない社員と言われながらも命を削る思いで頑張った結果――。
「その結果が過労死……ですか」
「ほんと、このまま天国にいったら『なにやってんだ!』って両親に怒られますよね」
「大丈夫ですよ、あなたは天国に行きませんから」
「ああ、それはよかっ……ええっ! 俺もしかして地獄に落ちるんですか!?」
確かに親をないがしろにして仕事に没頭したのは罪だったのかもしれない。
でも地獄に落ちるほどなのだろうか。
いや、そこらへんは人によって価値観が違うだろうけど。
「それもちがいます。貴方にはこれから地球とは別の世界へ転生してもらいたいのですわ」
「へ?」
眼の前で微笑む美しい女性の口から予想外の言葉を聞いて俺は固まった。
「実は貴方がこれから行く『ライーザ』は少しだけ人類滅亡の危機に立たされていまして」
少しだけ滅亡の危機ってなんなんだろう。
固まったままの俺に向かって彼女は語り始める。
「人口もずいぶんと減ってしまって絶賛人材募集中なのですわ」
彼女の話をまとめるとこうだ。
そのライーザという世界は千年ほど前に突然の天変地異に見舞われ、それ以降世界中に魔物と呼ばれる種族が現れ人々を襲いだしたのだという。
結果、魔物以外の知的生物は絶滅の危機に瀕したそうだ。
そんな世界の人々が最後にすがったのが、神様。
つまり俺の目の前で熱弁を振るっている美女アレーナ様だった。
彼らの悲痛な願いを聞き届けた彼女は天界の掟が許す中で自分ができることを考えた。
そして思いついたのが特殊な力を持った別世界の住民を、その能力を強化した上でライーザに送り、世界を救ってもらおうというアイデアだった。
今まで百年位の間、そうやって異世界人を送り届け、現在はかなり安定した世界になってきているらしい。
「でも、俺そんな特殊な力とか全く持ってませんよ」
今までの人生、一生懸命働くこと以外は趣味も何もなく、もちろん特技もない。
そんな俺が異世界に飛ばされて何ができるというのか。
「そうなんですか?」
「えっ」
「えっ」
二人の間に微妙な空気が流れ、俺たちはしばしの間無言で見つめ合った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。今貴方の特技を調べてみますから」
そういうと彼女は空中から一冊の本を取り出すとページを捲り始めたが、すぐに手を止め俺の方を見ると申し訳なさそうに口を開く。
「……貴方のお名前はなんていいましたっけ?」
「えっ」
まさかこの女神様、自分が呼びつけた人間の名前を知らないだと!
そういえばこの空間に来てからずっと『貴方』呼びで名前を呼ばれた記憶がない。
本当に神様なのだろうか。
不安になってきた。
「田中です。田中拓海です」
「ああ、そうでした。田中さんでしたね。それでは調べますね」
慌てて彼女はもう一度手に持った本に目をおとし俺の名前を探し始める。
あの本に俺の特技とかそういうのが色々載っているのだろうか。
ちょっと見てみたい。
「あった、ありましたよ田中さん」
「それで俺の持ってる特殊な力って何かわかりましたか?」
「……」
「……」
無言で見つめ合う二人。
なんだろうこの空気、嫌な予感しかしない。
「特殊な力の欄にはですね……」
ドキドキする。
俺の中の秘められし力っていったいなんなのだろうか。
中二病じゃないけど期待しないわけにはいかない。
「えっと、その……『特になし』とだけ書いてありました」
「アンケートのその他書き込み欄かよ!」
思わずツッコミを入れてしまった俺に彼女はわたわたとしながら「あっ、でもですね」と続ける。
「備考欄に『がんばりやさん』と書いてありましたから大丈夫ですよ」
「小学校の通信簿かよ!」
「その下に『頑張りすぎて周りが見えなくなるので注意しましょう』とも書いてありましたけど」
「その通信簿、本当に誰が書いてるんだよ!」
結局俺には特殊な力は無いってことか。
あからさまにがっくりと肩を落とした俺を慰めるように「お菓子食べます?」と皿を俺の方に差し出す彼女。
「じゃあどうして俺なんかが選ばれたんだろう」
「そうですね。たぶんですけど手違いじゃないかしら?」
「手違いで元の世界の天国に行けなくされたと思うとやるせないんだけど」
「う~ん、かといって今更元の世界の輪廻には戻せないので……」
アレーナ様は顎に人差し指を当てて首をひねりながらうんうん唸って何かを考え始めた。
手持ち無沙汰のまま十分ぐらい待っただろうか。
「そうだ。こうしましょう」
「というと?」
「手違いとはいえ貴方を呼びつけたのは私達の責任です。ですので先程聞いた貴方の望みを叶えてあげましょう」
俺の望みってさっき言った田舎でスローライフしたいってやつかな?
魔物とかいて、微妙に危険そうな異世界でスローライフなんてできるのかどうかわからないけど。
「まず貴方に与える能力は『|緑の手(グリーンハンド)』というものです」
「どんな能力なんです?」
「この能力はすごいですよ。そして貴方の望むスローライフにはもってこいの能力なんですよ」
何やら得意満面の表情でそう告げた彼女に胡乱げな目を向けつつ話の続きを促す。
「それで、そのスキルの能力を教えて欲しいんだけど」
「はい、あなたの望んだド田舎一軒家でのスローライフにピッタリな能力なのですが――――」
自分が心の奥で望んでいるらしい事とはいえ、ド田舎とか言われるのは少し頭にくるな。
「どんなに育成困難なものでもあなたが育てれば最高品質のものが出来やすくなる能力なのです!」
何故かドヤ顔決めポーズな女神に少し引きつつも俺はその能力について考える。
確かに農業知識もなにもない俺が誰の助けも借りずにスローライフをするなら、その能力は非常に有用だ。
「それに作物も通常より早く育つんです」
「それはありがたいな」
「でしょう? 枯れた土地でも野菜を育てられますし、連作障害も起こらないんですよ。しかも出来上がった野菜の品質もわかるんです」
女神様は「野菜の品質チェックはそれで商売するには必要不可欠ですからね」と興奮気味に胸を張る。
「私、一生懸命考えて作りましたから」と鼻息を荒くする自称女神様に少し不安を感じる。
が、とりあえずスキルについてはわかった。
確かにド田舎でスローライフをするにはかなり有効なスキルであることは間違いない。
いくら自給自足を基本にすると言っても、時には街に出て生活必需品を買わないといけないだろうし、そのための現金収入は必要だ。
「あと、これは他の転生者の方も同じなのですが、体を一番動きやすい歳まで若返らせて病気とかも再構築の時に治して送ってあげますわ」
再構築とかいう言葉が何気に怖いが、それで若返って健康な体になるなら文句はないか。
いや、そもそも過労死したような体のまま異世界に送られてもスローライフどころではないだろうし。
「それとですね」
彼女はまたもやどこからかこぶし大の袋を五つほど取り出すとテーブルに置いた。
「これはあなたへのプレゼントですわ」
「なんなんですかこれ」
「いろいろな野菜の種ですね。向こうについたら育ててあげてください」
「野菜って、キャベツとかトマトとかかな。まさか異世界のわけのわからない野菜とかじゃないですよね?」
「大丈夫ですよ。異世界とはいっても、元の世界と植生は大きく変わりませんから」
女神様の説明によると、これから俺が転移させられる場所は人里離れた安全な山の中なのだそうな。
そこに土地付きの家を用意してくれているらしい。
彼女いわく「がんばっちゃいました」とのこと。
俺が「どんな家なんですか?」と聞いても「それはあとのお楽しみです」と教えてくれなかった。
何やら微妙にポンコツ臭のするこの女神様の事だから、森のなかに王宮並の御殿でも建てた可能性も否定できない。
「それでは早速転移させちゃいますね」
「えっ、まだ俺には心の準備とか出来てな――――」
彼女の行動を止めようとした俺の周りを光の輪が包み込む。
「それでは良いスローライフを」
まばゆい光の向こうで自称女神が小さく手を振るのが見える。
必死にその光の輪の外に出ようと試みるが、その光はまるで壁のように俺を阻んだ。
やがて光の眩さがどんどん強くなって行き、突如として不思議な浮遊感が襲う。
そして俺の意識は光から闇へ暗転すると、どこか遠くへ引き寄せられるように消えた。