美しい男は、懐手のまま戸惑った様子で首を傾げた。
「……どういうことだ? そのご婦人は、なんだ?」
くつろいだ綿の着物姿。
どう見ても、花嫁を迎えるような装いではない。
(え……?)
どういうことだ。
隣の狐面──銀夜と呼ばれた男に、助けを求めるように視線を送る。
「虹治さまの、花嫁殿です」
「……は?」
銀夜の言葉に、唖然とした様子で美しい男はわずかに目を見開く。
ああ、そういうことか。和泉は理解した。
話が、通っていないのだ。
和泉が輿入れしてくることを、どうやら旦那となるべき男は認識していなかったようだ。本人にも知らされていない、婚礼。
よほど、何かのっぴきならない事情があるのだろうか。
気まずい沈黙。
ずっと黙って俯いているのには慣れている和泉も、さすがにうなじのあたりがヒリヒリした。
やがて、虹治が口をひらく。
「…………ふむ、どうしたものかな」
思わず、和泉は震える声で謝罪の言葉を口にしようとする。
実際は、どこにも和泉の意思などなかったのだけれど、目の前の彼は困り果てているようだから、そうせずにはいられなかった。
「あ、あの……わ、わたし……」
「失礼。色々と戸惑っておられるでしょう。まずは、どうぞおあがりください。えー……」
そこにきて、やっと気がついた。
「申し遅れました。唐紅和泉でございます」
「和泉さん、か」
「不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
三つ指をついて、教わった通りに伏して礼をする。
虹治は、「ああ、頭をあげてくださいね」と苦笑した。
花嫁の挨拶など、彼にとっては青天の霹靂なのだろう。
「色々と言いたいことはあるけれど……とりあえず、お茶でも飲みますか。銀夜、たのんだ」
「おまちあれー」
「あ! あの、わ、わたしが!」
「いいって、いいって。花嫁さんは、どうぞ奥へー」
銀夜に制されて、しぶしぶ引き下がる。
茶を淹れるのも、炊事洗濯も、物心ついたときから和泉の仕事だった。
人にやらせるのは、なんだか落ち着かない。
だが、知らない家の勝手がわからないというのもあるし、今の状況を説明してもらいたい。
小さな居間で、虹治と差し向かいになって座る。
会話もなく、なんとなく双方が様子を伺っている間に、銀夜があたたかい煎茶と小鉢に入れた金平糖をもってきてくれた。
「……どういうことだ? そのご婦人は、なんだ?」
くつろいだ綿の着物姿。
どう見ても、花嫁を迎えるような装いではない。
(え……?)
どういうことだ。
隣の狐面──銀夜と呼ばれた男に、助けを求めるように視線を送る。
「虹治さまの、花嫁殿です」
「……は?」
銀夜の言葉に、唖然とした様子で美しい男はわずかに目を見開く。
ああ、そういうことか。和泉は理解した。
話が、通っていないのだ。
和泉が輿入れしてくることを、どうやら旦那となるべき男は認識していなかったようだ。本人にも知らされていない、婚礼。
よほど、何かのっぴきならない事情があるのだろうか。
気まずい沈黙。
ずっと黙って俯いているのには慣れている和泉も、さすがにうなじのあたりがヒリヒリした。
やがて、虹治が口をひらく。
「…………ふむ、どうしたものかな」
思わず、和泉は震える声で謝罪の言葉を口にしようとする。
実際は、どこにも和泉の意思などなかったのだけれど、目の前の彼は困り果てているようだから、そうせずにはいられなかった。
「あ、あの……わ、わたし……」
「失礼。色々と戸惑っておられるでしょう。まずは、どうぞおあがりください。えー……」
そこにきて、やっと気がついた。
「申し遅れました。唐紅和泉でございます」
「和泉さん、か」
「不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
三つ指をついて、教わった通りに伏して礼をする。
虹治は、「ああ、頭をあげてくださいね」と苦笑した。
花嫁の挨拶など、彼にとっては青天の霹靂なのだろう。
「色々と言いたいことはあるけれど……とりあえず、お茶でも飲みますか。銀夜、たのんだ」
「おまちあれー」
「あ! あの、わ、わたしが!」
「いいって、いいって。花嫁さんは、どうぞ奥へー」
銀夜に制されて、しぶしぶ引き下がる。
茶を淹れるのも、炊事洗濯も、物心ついたときから和泉の仕事だった。
人にやらせるのは、なんだか落ち着かない。
だが、知らない家の勝手がわからないというのもあるし、今の状況を説明してもらいたい。
小さな居間で、虹治と差し向かいになって座る。
会話もなく、なんとなく双方が様子を伺っている間に、銀夜があたたかい煎茶と小鉢に入れた金平糖をもってきてくれた。