どれだけの時間がたったのか。
香にあてられて、うつらうつらと眠っていた。

「……はっ」

目が覚めると、すっかり日が暮れてしまっていた。
一日か、あるいは二日か、それ以上か。
まったく時間の感覚がないのが、なんだか不思議だった。


「和泉殿。長旅、ご苦労様でした」

よく通る声が籠の外から聞こえる。
促されるままに、籠から降りる。

目の前には、ふるびた家が立っていた。
周囲は鬱蒼とした雑木林。

「こちらが、本日からあなたの家でございます」
「……はい」

とても立派な籠に乗せられてやってきたのが、山に建てられた小屋より少しはマシかという程度の家なのが妙だと思ったが、もとより納屋で寝泊まりしていた和泉にとっては、住まいがあるだけでもありがたい話だった。
生贄として、地面に埋められることも覚悟していたくらいなのだから。


(さて……私の旦那様は、どんなかたなのだろう)


和泉は大きく息をつく。
きっと、うんと年嵩の成金か、あるいは、とても醜い男か。
いずれにせよ、まともな婚礼ではないのだ。
異様に高額な結納金からしても、訳ありの男が和泉を待っているのであろう。

怖いような気もするが、興味もあるのが本音だった。
籠を担いでいた狐面たちは、どこへともなく消えていった。
声のよく通る先導の狐面の男にうながされるままに、門を潜る。


「旦那様……虹治(こうじ)さまー!」

なんだか、輿入れにしては妙に軽々しく主人の名を呼ぶ狐面の男。
やがて、奥からひとりの男がやってきた。

「おい。騒がしいぞ、銀夜(ぎんや)……ん?」

困惑したように足を止めた男に、和泉は思わず見惚れてしまっていた。
透き通るような白い肌に、すらりとした四肢。
そして、青みがかった冬の湖面の色をした瞳。


(なんて、綺麗な……)


和泉をじっと見つめる男は──この世のものとは思えない、美しい男だった。