「イチヤ!」

次郎に名を呼ばれて、滲んでいた涙をぐいっと拭う。泣き顔なんて、弟分たちには見せられない。

「なんだ?」
「あのね、和泉ねぇさまが!」

ふたばが次郎よりも先に、叫んだ。

「え、和泉ねぇが……?」
「みんな、ごめんね……ごめん」
「和泉ねぇ!」

涙声の一弥に、和泉は唇を噛んだ。
涙を浮かべて抱きついてくる子どもたちを抱きしめる。こんなことになっていたなんて。
不思議なことに、雑木林の中の一本道を走るとすぐにこの町にたどり着いた。
輿入れの日はたしかに川を渡って、一日中籠に揺られたはずなのだが──とはいえ、一時間以上も駆けた足袋には血が滲んでいる。肺からも血が出ているのではないかと思うくらいに、息が苦しい。

でも。
そんなことは、どうでもいい。

「みんな……そんな、どうして……」
「ごめん、ごめん、和泉ねぇ……お医者さまを呼ぶお金がなくて、どうしたらいいか、わからなくて……」
「大丈夫よ、私がどうにか──」

でも、どうやって?
思わず俯いた、その時だった。

「……何をしているのかしら」
「っ!」

ぞわり、と総毛立った。
体が、心が、その声に恐怖を覚えている。
振り返ると、和泉の人生を踏み躙り続けてきた人々が──義姉、唐紅椿と義母、和江が立っていた。



温かい日々を送って。
勘違いを、していたのかもしれない。
自分が今までより少しだけ、強くなれた──なんて、そんな馬鹿みたいな勘違いを。

「ああ、いやらしい」
「…………」
「その着物、イカれた旦那様に媚びて買わせたのかしら。馬子にも衣装とはいうけれど、似合わないったら」
「…………」
「それを、どうして戻ってきた。数ヶ月で戻り後家など、唐紅家の恥だ」
「…………」

もと住んでいた納屋まで引きずられて、殴打され、水をかけられ、暴言を延々と投げかけられる。

言い返したいのに。自分は一人の人間だと、やっと思えるようになったのに。

足が、震えるのだ。
喉が、ぎゅうと締まるのだ。

逃げ出すことも、立ち向かうこともできないで──けれど、和泉は生まれて初めて、悔し涙を流した。

「何を泣いているんだか」

虹治を蔑まれることが、悲しかった。
子どもたちを虐げられたのが、悔しかった。

「……なんだ、その目は」

わざわざ持ち込まれた火鉢から、菊次郎が火箸を取り出す。
熱く焼けた火箸で和泉を殴りつけるのが、菊次郎のお気に入りだ。

(……虹治、さま……)

心の中に浮かんだ名を唱える。
その時だった。