それから二度、三度と満月を超えた。

大和國からは、年々神秘が薄れているという。
霊力が満ちていた大気は近代化の波により薄まり、八百万の神の住んでいた森は切り拓かれている。

虹治は「先祖返り」といわれ、龍の血が濃いのだという。そのため、龍の力のもっとも高まる満月の夜にはその身に宿る血を制御できずに、自らの血で自らの体を傷つける状態に陥ってしまうのだとか。

そして、その症状は年々ひどくなっている。

この雑木林は霊力の高い磁場にあるそうで、少しでも血の暴走を抑えるべく、虹治はここに住んでいるのだとか。

満月を越えるたび、虹治は少しずつ口数が増えていった。


「不思議と、このところは体が楽だ」
「……そうは、見えませんが」
「いや、本当だ。食事に今まで気をはらってはいなかったが、あれもよくなかったのやも。君のおかげで体力、気力ともに充実している」
「なら、いいのですが」


和泉のほうこそ、この数ヶ月で見違えるように健康になった。
きちんと食べ、眠る。
それだけでも、今まで無理に無理を重ねてきた(と、やっとこのところ実感できるようになった)心身が回復している。

さらに、和泉の持ち物が風呂敷に包んできたボロボロの着物だけだと知った虹治は、帝都の百貨店に和泉をつれていき、着物を何着かと、洋装を一揃え買い与えてくれた。

採寸中に耳に入った目玉が飛び出るような値段に、和泉はなんとか断ろうとしたのだが……虹治は案外頑固者なようで、押し切られてしまったのだった。

穏やかな日々。
あの郊外の町に残してきた救児院の子どもたちのことを案じながら、過ごしていた。

というのも、和泉がここにきてから一月(ひとつき)あまり経ったとき、銀夜が分厚い紙の束をくれたのだ。

「葉書、ですか」
「ええ、裏に宛名を書いてあります。ここの住所は極秘なのですが、宮内省を通じて転送されるようにしましたー」
「宮内省……」

これまた、遠い世界の話だ。

「その子たちは字は書けますか? 書けないなら、○とか×とかで暮らしぶりを伝えてもらうようにしましょうか」


そうして程なくして、時折、救児院からの葉書が届くようになった。

兄貴分の一弥。
仲睦まじい、ふたばに次郎。
まだ幼い、みつ子。

皆が元気であるように、葉書が届くのを心待ちにしていた。
唐紅の家の人間に見つかれば、葉書を取り上げられるだけではなく酷く追求されるだろう。

それが、心配だった。

(でも、大きな○が書いてあって……結納金は、あの子たちに使ってくれたのかもしれない)

家は古くて小さいけれど、穏やかな暮らし。
相変わらず、そっけないけれど、満月を越えるたびに確実に和泉に心を開いてくれる虹治。
そんな日々を送っていた。