答えなど決まっている。
和泉は勢いよく戸をひらく。

──そこには。

戸から差し込む月明かりに照らされて、のたうつ一匹の獣がいた。

大蛇のようであり、
猛禽のようであり、
あるいは、虎や鹿にも似た──
……龍、だった。


「グォ、アァァ……ァァッ……」

しかし、それは神秘的な美しさとはほど遠い。
ぼろぼろになった鱗が剥がれ、生々しい肉を晒した肉体からは体液がこぼれ落ちている。

全身を苦しげにのたくらせている、龍。
牙を剥き出しにした姿は、屈強な男であれ腰を抜かすような有様だ。

けれど──その瞳は。


「……虹治さま」


その瞳には、冬の湖面のような青を冴え冴えと湛えている。虹治の瞳の色だ。

のたうち、唸る。
寄るな、触れるな、ここから立ち去れ。
全身でそう訴えているかのような龍に、一歩、また、一歩──和泉は歩み寄る。


「苦しい、のですか、どこかが痛むのですか……」
「ちょ、和泉殿! 危ないです、今の虹治様はご自分を抑えられない」
「……それとも、悲しいのでしょうか」

銀夜の叫ぶ声にも耳を貸さず、和泉は歩みを止めない。
龍──虹治は、その姿を恐れるように、後ずさる。
やがて、ひたりと。

龍の鼻先に、和泉の手が触れた。


「……──ッ!」


その途端に。
震え、のたうち、波打っていた虹治の体から、フッと力が抜けていく。

まるで、幼子が母の胸に抱かれたように、牙を剥いていた龍は穏やかな表情になっていく。


「……い、ずみ、さん」


龍は人の言葉を発する。
とつとつとした、虹治の声だった。


「はい……はい……ここにおりますよ」
「俺が、おそろしく、は……怖くは……ないのか……?」


いいえ、と。
和泉は静かにかぶりをふる。


「──虹治さまのことを怖いと思ったことなど、一度もありません」


その言葉に安心したように、虹治は眠りに落ちた。何度も苦しげに唸り、身を捩ってはいたけれど、かつての激しさはない。


龍のたてがみを摩りながら、やがて和泉も眠りに落ちていく。


一部始終を見ていた狐面の黒紋付き──銀夜は、半ば呆れたように、半ば嬉しそうに呟く。


「これは……さすがは、帝の天啓かねぇ」



今までの花嫁候補の誰もが、満月の夜の虹治に恐れをなして逃げ出した。
だが、天啓により迎えた見窄らしい娘は、逃げるどころか虹治に歩み寄ったのだ。


「……大和國から神秘が失われゆく中、濃すぎる龍の血に苛まれるこの人に、どうぞ安寧がありますように」


そう祈ると、銀夜は夜通しいつまでも。
眠るひとりと一匹を見守っていた。