「あ、の……虹治さま」
「なんだ」
「……今度は、虹治さまのことを教えていただけませんか」

勇気を振り絞って、尋ねる。
今朝は自分のことばかりを話してしまった。それで幾分、心は軽くなった。
次は、虹治のことを知りたい。
だって和泉は自分の婚約者について、何も知らないのだ。
仮初の関係ではあっても、少しでも彼のことを知りたい──そんなふうに思うことに、和泉自身も驚いていた。

「俺のこと、か」

ふむ、と指を顎に当てる虹治。

「その……差し支えのないことで、かまいませんので」

例えば、職業とか。
昨夜、虹治は「国家防衛に係る職を拝命している」と言っていた。
ということは、軍人なのだろうか。
この美しい男が戦いを生業としているのは、なんだか似合わない気がするけれど。

しばらく考え込んで、虹治は口を開く。

「そうだな、俺は──」

そのときだった。
表門のほうから、しゃん……と涼やかな鈴の音が聞こえた。

「……? 銀夜さんでしょうか、それともお客さま……」
「はぁ、やっかいなのが来たな」
「え?」

からりと玄関の戸が開く音。
よく磨かれた廊下が控えめに軋む音。
和泉たちのいる縁側の方へと足音がまっすぐに近づいてくる。

「やぁやぁ、若人。さっそく仲睦まじいじゃないか」

柔らかい、若草のような声。
仕立ての良い洋装姿の青年が立っていた。
虹治の美しさとは異なる、不思議な威容のある人だ──和泉が唐突な訪問に驚いていると、隣でくつろいでいた虹治が居住いを正し、深く、深く礼をした。
慌てて、和泉もそれに倣う(ならう)

そのまま顔も上げずに、虹治は格式ばった挨拶の口上を述べた。

(この方は、何者なのかしら……?)

只者でない、ということがわかる。
声を荒らげてもいないし、偉ぶってもいない。それなのに、自然とこうべが下がるような人だ。


「あはは。虹治、やめておくれ。俺とおまえの仲じゃないか」
「……では、失礼を」

虹治はゆっくりと礼を解く。
少し迷って、和泉もおそるおそる顔を上げた

謎の男がじっと和泉を見つめて、破顔した。


「うむうむ、よい面差しだ。やはり、俺の賜った天啓は間違ってはおらんね」
「あ、あの……?」
「こんな昼間に、ふらふらとこんな辺鄙な場所をうろついていていいのか? ……(みかど)だろ、一応は」
「ははは、一応ときたな!」
「………………え?」

ミカド……?


「な、えっ?」

あまりのことに頭が追いつかない。
帝といえば、この大和國の施政者であり、現人神──雲の上のさらに上、和泉のような庶民にとっては、文字通りの神に等しい存在だ。


「ほら、奥さんが驚いてるじゃないか。申し遅れたね、俺の(あざな)悠祈(ゆうき)という。苗字はなくて、ただ悠祈。本当はもっと長ったらしい称号があるが、割愛ね。一応(・・)、当代の帝をやっている」

愉快そうに自己紹介をする悠祈と名乗る男に、虹治がこれ見よがしなため息をつく。