朝食を終えると、虹治は自室に篭って何やら難しそうな本に没頭しているようだった。
和泉は、邪魔にならないように掃除と洗濯をしてしまうことにした。

虹治と銀夜からは、何もする必要はないと言われたけれど、そういうわけにはいかない。
ここに置かせていただく以上は、きちんと働いて自分の価値を示さなくては申し訳がない。

自分が仮初の許嫁でいることで、少なからず虹治が助かるらしいのは和泉にとっても嬉しいことだった。

ただ衣食住を与えられて、よくしてもらっているだけでは、居た堪れない。

古いながらも物が少なく小綺麗な家の中を手早く掃除する。
小さな庭は雑木林の切れ間から日が差し込んでくるのが、気持ちいい。
このぶんなら洗濯物も、すぐに乾きそうだ。

冬の木々に切り取られた空を見上げて、和泉はふと思う。

(……あの子たち、お腹空かせてないかしら)

この時間は救児院の子どもたちに朝食をとらせていた。
昨日までとは違い、和泉の胃袋は温かく満たされている。それがかえって、子どもたちのことを思い出させた。

「……結納金で、美味しいものを食べてるといいな」

身売り同然の輿入れだった。
無理を承知で、その結納金を救児院の運営費用に充ててほしいと頼み込んでいた。
形の上では父の菊次郎も承知してくれたから、あの言葉を信じるしかない。
正直、不安だけれど。



ふだんから昼食はとらないという虹治に念のため握り飯を差し入れ、銀夜と和泉もめいめいで食事を済ませた。

午後になり、和泉が虹治の書斎兼自室にお茶をもっていくと、ふいに虹治が書物から顔をあげた。

「君、ずっと立ち働いているのだな」
「え?」
「……自覚がないのか?」

虹治は小さくため息をつく。
本当に朝からずっと書物を読み耽っていたのか、目元を揉んで伸びをした。

「少し休憩しようと思うが、付き合ってくれるかな」

二人分の湯呑みと金平糖の小鉢を載せたお盆をもって、縁側に腰掛ける。
縁側に差し込む日の光は、ほんのわずかに春めいている気がする。

虹治は何も言わずに、茶を啜り、金平糖を齧っては空を見上げている。
端正な横顔だ。
和泉もそれを真似してみるが、どうにも落ち着かない。こんなにも静かで穏やかな沈黙も、何もしないでいるのも、なんだか決まりが悪かった。