「狭くて悪いですけど、こちらを使ってください」
「わぁ……」

銀夜に案内された客間は、六畳ほどの和室だった。
清潔な布団が敷いてあり、小さな茶机と棚がある簡素な調度。
けれども、よく磨きこまれている質の良いものであることは、和泉にもわかった。

すでに整えられている寝具は、とても清潔でふかふかしている。

「男所帯で申し訳ないけど、くつろいでくださいねー」
「は、はい! あの、こんな……ご歓待ありがとうございます……!」
「ははは、こんなもの歓待でもなんでもないですよ」

銀夜は楽しげに笑った。
狐面をつけたままだけれど、人懐こい笑顔の持ち主なのだろう。
思わずつられるように、和泉も頬を綻ばせた。

「お、笑いましたね」
「っ、も、申し訳ございません……」
「謝るのはなしですよー」
「は、はい! もうし……」

ぐぅ、と和泉が喉を鳴らして俯くと、銀夜はまた笑った。

「まぁ、僕からお願いがあるとすれば。さっきの笑顔、我が主人(あるじ)にも見せてあげてくださいよ」

和泉は黙って頷いた。
そういえば、不器用ながらもよくしてくれた虹治に、微笑みのひとつも向けていなかった。
可愛げのない女だと思われただろう。

和泉には想像もつかない事情で、こんなにみすぼらしい女を許嫁としてくれたのだ。
明日はもっと、愛想よくしなくてはと心に誓う。

「それじゃ、おやすみなさい。和泉殿」
「おやすみなさいませ……あの、旦那様にも、よろしくお伝えください」
「はいはい。ではねー」

軽やかに手を振って、銀夜は客間の襖をしめた。
和泉が部屋に入ってからは、けっして襖の中に入ってくることはなかった銀夜もまた、主人と同じように誠実な人間なのだろう。

着付けさせられた振袖を脱いで、衣紋掛けに丁寧にかける。
手荷物である風呂敷包みをとき、寝巻きに着替えて布団に潜り込んだ。

(……うわぁ、ふかふか……私なんかに、もったいない)

布団は、納屋の板間にござを敷いて眠っていた和泉にとっては、極楽かしらと思うほどの極上の寝心地。
長旅や混乱で疲れきっていた和泉は、目を閉じるとあっという間に眠りに落ちてしまった。