「あなたが日頃うんざりしている、『結婚しろ・嫁を取れ・後継を作れ』の大合唱がこちらの和泉殿に許嫁候補としてこちらにいていただくだけでぴたりとおさまるのですよ?」
「……あー、うーぅむ」

銀夜の主張に、虹治は腕組みをして考え込んでしまった。
和泉はそれをじっと見つめて、次に出てくる言葉を待っていた。

「…………わかった」

ほどなくして顔を上げた虹治は、居住まいを正して和泉に頭を下げた。


「頼む。不躾な願いなのだけれど、しばらくここにいてください」
「あ、あの」
「正直、今後の身の振り方を考える暇もないほどに、あちこちから結婚話を持ちかけられておりまして。少々、辟易しておりました……あなたが許嫁候補としてこちらにいてくだされば、銀夜の言う通りそれから逃げられる」

罰が悪そうに、虹治は形のいい眉を下げる。

「……しばらくの間で構いませんので、どうぞこちらにご滞在を」

それは、半分は本音だったのかもしれない。
ただ、もう半分は違う。
どう見ても尋常ではない火傷をおっている和泉を、この場所で保護するための方便だ。
それくらいは和泉にもわかる。
この人は──和泉のことを憐れまず、蔑まず、向き合ってくれている。
そのために、「自分のためにここに残ってほしい」と面と向かって言ってくれたのだ。

「……改めまして。不束者ですが、」

だから。
和泉には、この申し出を断る理由はなかった。

「どうぞよろしくお願い申し上げます。旦那様」

幸せになどならないけれど。
でも、少しだけ、羽を休めることは許されるだろうか。
そんなことを考えながら、和泉は三つ指をついた。