きりりとした眉に涼やかな目もと。ゆったりと構えた姿といい、なかなかの美丈夫ぶりである。
 噂好きな京の人々が放っておくはずがない。名前を聞けばきっと有名人だろう。

 いったい誰なのか。

「もうしわけない。見事に被りましたね」

 まじまじと私の衣を見て公達は「あはは」と笑う。
 笑い事ではないのに、失礼な人だ。

「酷い目に遭いました。私の一張羅ですのに」
「ほぉ」

 そんな粗末な衣が? とでも思っているのだろう。
 私と違って、彼は金糸で刺繍を施された眩いばかりの見事な狩衣を着ている。

「物は大切にする質なのです」と、ツンと横を向いた。

「そなた。どちらの姫君か?」

 先に名乗れよと言いたいが、どうせ太刀打ちできない上流貴族だとわかるので、あえて聞くのをやめた。

「五条の萩におります。希々(きき)と申します」

 公達は小さく頷いた。
「ほぉ……。五条の萩の」

 我が家の庭には萩が多く植えてあるので人々に五条の萩屋敷と言われていた。

 誰の娘と名乗れないにはわけがある。
 母は佐伯式部の娘であるが、私の父の名はわからない。

 父も貴族であったらしいので私も一応貴族ではあるはずだが最下級に違いなく、ついでにいえば五条の萩と呼ばれている理由も、築地塀があちこち崩れていて隙間から庭が見えるからである。