いつのころからか、まるで夜盗のように闇に紛れて京の中を歩き回る癖ができた。今ではひとつの習慣になっていて、行かぬ日が続くと体が疼く。

 闇はときに、日の光では見えない真実を浮かび上がらせる。
 今夜もまたひとつ、なにかが見えるかもしれない。

「お前は付いてこなくてもいいぞ」
「そういうわけにはいきませぬ」

 上から無造作に狩衣を羽織り、目立たぬ牛車に乗る。

 外はまだ西の夕焼けが見えているが、寝静まってからでは遅すぎる。今夜の目的は話の盗み聞きなので、暮れなずむ夕暮れに紛れで五条へと進んだ。

 希々の屋敷へ着いたときには、ちょうどいい塩梅に夜の帳が落ちてきた。
 牛車は目立たぬ場所へと移動させ屋敷の中へと忍び込む。

 あちこち崩れ落ちた築地塀を抜けるのは簡単だ。
 母屋の床下に潜り込み、灯りが漏れるところまで行くと、話し声が聞こえてきた。

「でも母君さま、頭中将がまた催促してきたらどうするのです?」
 山吹という女の声だ。

「心配ない」とは、叔母の声である。

「今日、毛野少将に使いを出した。希々を呼び出して夜這いさせてしまえばこっちのものじゃ」

 なに?
 ぎょとしたように目を見開く彦丸と、視線がかち合った。同じく驚いたらしい。

「うっとおしい。そのまま連れていってもらおう」