裳着(もぎ)も叔母がちゃんと準備をしてくれて、母亡きあとの寂しさを埋めてもらった恩がある。

「姫さまの邸なのに、すっかり母屋は取られてしまって」

 今私がいるのは、寝殿ではなく本来なら使用人が住むはずの下屋(しもや)だ。
 広い土間があり作業場にもなっている。

「でも、梅女やみんなと一緒にいられるから私は少しも寂しくないよ?」

「姫さま……」
 梅女は袖で涙を拭く。

「泣かないで、そのうち私が素敵な公達と結婚するから」
「ですが、あの女が許すはずありませんよ、山吹さまの婿の心配ばっかりして」

「うん。まあ山吹の後にはなっちゃうだろうけど」
 山吹は私のひとつ年下なんだけどね。

 聞こえてきた琴の音は山吹が弾いているのだろう。
 山吹は琴が上手だ。

 私は下手。
『希々、お前はなにをやっても下手だね。琴だかなんだか、わかりゃしない』と、叔母にさんざん叱られた。

 しばらく琴にも触れていないな。

 外で薪割りをしていた下男の末吉が戻ってきて、三人で隠し持っていた唐菓子を食べた。

「ほらほら末吉もっと食べて。元気がでるよ」
「いやいや姫さまが食べなされ」
「そんなこといわないで末吉は痩せすぎだよ」

 末吉はもうお爺ちゃんだからちょっと心配だ。長生きしてもらわないと困る。

「さっきね、頭中将に女房にならないかって、誘われたの」
「えっ! 本当ですか」と末吉が目を丸くする。

「今頃その話をしてくれていると思うの」

 途端にふたりの顔が曇る。
「うんと言うかしら、あの女が」