二年前、王女が神殿に入る際に、護衛として同行させられたのだ。王宮から神殿までは馬車で半刻ほどの距離があるため、道中を案じた国王が密かに軍に命じたのだった。
選ばれた理由には多分、実力と同比率かそれ以上に、女であることが作用していただろう。実際、同時に選ばれた男の兵士二名とは違い、フィリカは出発の数日前から神殿に入った後まで、王女と行動を共にする結果となった──王族に仕える侍女の服と相応のかつらを着用の上で。王女を襲おうとする者がいた場合に油断させるためだった。
本来の役目の面から言えば、結果的には事なきを得た。水面下で何があったかまでは知らないが、付き従っている間に実際に危害を加えてくる連中はいなかったのである。故に、その時について思い出すことといえば、王女本人についてだ。
エイミア・ライ王女はかつて、とても陽気な少女だったそうだ。しかし能力の発現後は、当然だが人との接触を恐れて、公式行事にさえめったに姿を見せなくなった。力の制御を学んだ後も明朗な気質が戻ることはなく、引きこもりがちな日々を送るようになったという。
直接に会った王女の印象は、そのような世間の噂を裏付けるものではあった。同行した本物の侍女とすらほとんど口をきかず、道中は窓の外を見ることもせずに俯いていた。フィリカのことも一定以上には近づけず、当然ながらこちらもその距離を保っていた。役目と外見上、離れすぎているわけにもいかなかったので、本来の侍女より一歩引いた位置には常にいるようにしていたが。
だから馬車の中も含め、王女の顔を間近で見る機会は多かった。ほとんど始終緊張した面持ちで、例外は神殿到着時にわずかの間だけ浮かべた、ほっとしたような表情しか見ていない。俯きがちだったため、空の色に似た青い目も大抵は伏せられていた。
だが、顔を上げた時には思いがけず強い視線で、真っ直ぐに前を見据えていた様子が印象的だった。一見では優しげで儚い容貌から、気弱な印象が振り落とされたようにも見えた。そして神殿への階段を上がる前、侍女が手を取ろうとした時は、それを避けて自分のもう片方の手で包み込み、毅然とした態度で助けを借りずに長い階段を一人で上った。
噂に聞いたよりも王女は気丈で、自身の現実から目を逸らさずにいるだけの強さは持ち合わせているように思えた。それでも、侍女が伸ばした手を避けた動作は、さり気なくはあったが反応は敏感で、表情も一瞬だけ引きつって見えた。
他人との接触の拒否は、王女が自身の能力に対して抱く心情の表れなのだろう。垣間見えた、望まず与えられた性質を嫌悪し恐れる様子は、どこか自分と重なるようにもフィリカには感じられた。実際に目にしたことのない能力の存在を認めているのは、その時のささやかな共感に拠るところが大きい。
……だから、アディの言うことも理解はできる。
彼の告白で驚いた部分はむしろ、コルゼラウデ以外にも同じような能力を持つ人間がいる事実だった。国内にしか生まれないといった伝説を信じていたというよりは、単純にそういう話を聞いたことがなかったからである。