立ち止まり、山道からも集落の方向からも人が来ないのを再確認しつつ、彼──アディはさらに声を潜める。
 「あいつらは嘘をついてる」
 「──そうなのか?」
 低めた声に含まれるものを察して、ラグニードがさらに近寄り、尋ねた。アディは頷いたが、
 「後で──団長のところでな」
 それ以上は口にせず、再び集落へと向かって歩を進め始めた。心得た様子で同僚もついてくる。これから、今日の訓練の報告のため、集団の長がいる家に行かなければならない。
 ここで暮らしているのは、傭兵稼業を生業とする者たちである。団長であるボロムを頭に、十代後半から三十代半ばの男たちが中心の集団だ。
 正確に言うと、集落に住む者のうち、稼業に従事している者は三分の二ほどで、残り三分の一はその家族などの縁者である。他所に身寄りのない年老いた親、あるいは妻子を手元で養いたいといった希望に関して、ボロムは寛容だった。
 そして団員として属する約八十名のうち、七割は現在は集落にいない。仕事を請けている最中の者は別とすると、他は常に集落の外で暮らしている。近隣諸国の主要な町に、大抵は三人一組で住居を借りる形で。
 彼らは普段、依頼の窓口及び連絡員としての役割を果たす者たちである。近辺で仕事の依頼を請けると、ボロムに連絡を取り指示を待つ。手の空いている者が集落から派遣される場合が基本だが、連絡員も一通りの訓練は受けているので、ボロムの判断次第では彼ら自身が仕事を請け負うことになる。
 依頼には、まとまった財産を持って旅をする際の護衛や、大きな商家や貴族が欲しがる用心棒などが町中では多い。大抵は数ヶ月単位での契約である。雇い主に気に入られ、雇われた当人にも不服がなかった結果、一年を超えて継続された契約もあるが、それは稀な場合だ。
 もちろん、傭兵集団という看板を掲げているだけに、兵士としての人材を求められることも少なくない。最近の情勢は比較的安定しているが、国家間の小競り合いや一国内での内紛の種は多かれ少なかれ尽きないものである。つまり、直接的な方法で利を得ようとする人間も絶えないということだ。そして「ボロム傭兵団」は、質が高く口が堅いと世間からは評価されているのだった。
 集落の、家屋が建ち並ぶ一帯にさしかかる。
 建物に近づき通り過ぎるたび、人の話し声が漏れ聞こえてくる。同時に、調理によるものらしい煙や匂いが、いくつかの家々を取り巻いていた。時間的に食事の支度が進んでいるのだろう。
 身内がいる場合は一家族につき一つの家を与えられるが、該当する者は現在十名にも満たない。独り身である団員の方が当然ながら多かった。
 また時折は、身内の──親が病身で動けない状態などの──事情により町中で暮らしたいという者もいて、そのような時は、団員としての籍は置くものの、表面的には繋がりは隠される。職業柄、万一の危険を考えてのことだ。この集落でなら、何者かが襲ってきたとしても対処しようがあるが、他に仲間のいない町中ではそうもいかない。