当然、風花のいる堺屋にも、有馬は顔を見せなくなった。代わりに北条が顔を見せる。

「浮かない顔をしているね。音にもどこか張りがない」

 曲の切れ目に北条が優しい声をかけてくる。琴の音にまで動揺が表れているかと思うと恥ずかしかった。

「いえ、なんでもないんです」
「そうかい? 立て続けに柳町で遺体が発見されたものだから無理もない。それも、君の座敷のお客ばかりだ」
「あの、北条様、あの二人はなぜ殺されたのでしょうか。なにか、両親の死と関係がありますか?」

 長いまぶたを伏せて、風花は独り言のようにつぶやく。
 元気のない風花を元気づけるように、北条は明るい声を出した。

「風花、安心してくれよ。はっきりしたことがあるんだ。君のご両親を殺めた人間がわかった」

 その言葉に、風花はぱっと顔を上げる。

「本当ですか!?」

 北条は頷くと、風花の耳もとで囁く。

「有馬新太郎という男だ。この店にも出入りしていたようだから、君も会っているかもしれない。藍染屋を殺したのも、石田藤左衛門を殺したのも彼だ、間違いない」

 北条の言葉が、鉛のような粘度を持って風花の体内に流れ込んでくる。

 嘘だ。

 口先まででかかった言葉を飲み込む。

「そ、そうですか、教えてくださって、ありがとうございます」

 悔しさで視界が滲む。あの手の温もりを、優しい声を、人殺しのそれだとは思いたくなかった。

 だが、何を信じたら良いのかわからない。目の前の北条が嘘をつくような人間ではないことは、今までの付き合いから風花自身がよくわかっていた。

「ところで風花、君のお父さんは印籠を持っていなかったかな?」
「えぇ、持っておりました」
「今は君が持っているのかい?」

 はいと言うべきか、有馬に取られたと言うべきか一瞬悩む。

「私が持っております」

 そう答えると北条は微かに表情を明るくした。

「見せてもらえるかな?」

 そう問われて風花は戸惑った。本当は有馬の印籠なのである。
 だが、今更嘘だとも言いづらい。風花は懐から印籠を取り出すと北条に渡して見せた。

「中を開けたことがあるかい?」
「いいえ、一度も。何が入っているのか存じません」

 そう返すと北条は難しい顔をした。それも一瞬のこと、いつもの柔和な笑顔に戻る。

「そうか、いや、いいんだ、ありがとう」

 そう言って、北条は印籠を風花の手に載せた。