北条らによって郷に火が放たれた日、新太郎は親の使いで郷を離れていた。戻ってくると郷がすっかり焼けている。両親や風花、誰か生きている人はいないかと探し回ったが、見つからずに途方に暮れた。唯一の望みは、風花家族の遺体が見つからなかったこと。

「職を求めて都を目指し、働いていたところで伯爵家の有馬に気に入られたんだ。君が生きていると信じていたから、俺はどうしても力が欲しくて」
「それで伯爵家の養子に」
「あぁ、両親には子供ができなくて。母は嫉妬深い性格で妾の子など認めなかったらしい。代わりに血のつながりのない俺を養子に迎えた。俺を迎えてすぐに亡くなったから、あまり記憶はないんだがな。父は子供に愛情を注ぐような人ではなかったけれど、教育熱心でな。跡取りとして育たなくてはならなかったから厳しく育てられた。おかげで俺はそれなりに色々なことができるようになったよ。仕事のおかげで君を見つけることができて、約束通り君を迎えに来ることができた。感謝してる」

 有馬家は代々警察と手を組み、影から貴族社会に目を光らせる役目を担っているらしい。何年も前から、新太郎は都にはびこる雪の花の調査をしていたそうだ。そして風花の両親にたどり着いた。

「君のご両親は薬を作ることを嫌がっていた。でも仕方がなかったんだ、北条に君を人質に取られていたから。俺が二人を助け出すはずだった、だが妨害に遭って間に合わなくてな。君のご両親は死を選んだ。自分たちに何かあったら君のことを頼むと言っていたよ」

 両親のことを思うと胸が苦しくなった。風花ははらはらと涙を落とす。

「君の近くに北条がいることがわかっていたから迂闊に近づけなくて困った。助けに行くのが遅くなってすまない。約束通り裁いてくれ、俺を」
「裁くことなどできません。感謝することばかりです。本当に、色々とありがとうございました。両親のことも」

 涙を流す風花の体を、新太郎は抱きしめる。

「君を助け出せて本当に良かった。君に何かあったら、俺は生涯後悔する、生きてなどいけるわけがない」
「大げさですね」
「大げさじゃない、君は俺にとって誰よりも大切な人だ。ずっと君を探していた、やっと見つけた、君がいたから、俺は今日まで生きてこられた」

 新太郎の真剣な眼差しを受けて、風花は頷く。

「私にとっても、あなたは大切な人です。誰よりも」

 二人はゆっくりと互いの唇を合わせた。

「そうだ、これをお返ししないと」

 風花は大切にしていた有馬の印籠を取り出す。

「あぁ、そんなものをまだ持っていてくれたのか」
「あたりまえですよ、あなたが渡してくれたものなんですから」
「嬉しいことを言ってくれる。それは君にあげるよ、気に入らなければ新しいものを新調する」
「いえ、大切にします」

 それはそうと、と印籠を手にした風花は気になっていたことを尋ねることにした。

「どうして父の印籠を持って行ったのですか?」
「話していなかったな。あの印籠には、解毒薬の作り方が書かれていたんだ。暗号になっていたから、郷の者以外は読めない。俺も色々とうろ覚えで解読に難航した」
「そんなものが」
「雪の花から作った解毒薬は他にも様々な病に効く薬になる。君のご両親は、その作り方だけを遺したんだ」

 それから――と、風花が持っていた父親の印籠を開けて見せる。

「ここが二重底になっているんだ。このなかに少量の解毒薬と、雪の花の種が入っていた」
「そんなところに、空なのだと思っていました」
「北条のようなやつに悪用されないために隠していたのだろう。その薬が君の友人を治した」
「ありがとうございました、私は何も知らずに」

 初めはあなたを疑ったりもしたと、風花は項垂れる。

「ほら、顔を上げるんだ俺の花嫁。君が印籠を持っていてくれたおかげで、町や都を巣食う病は治る。北条が保持していた薬は全て回収した。もう、二度と悪用はさせない。落ち着いたら、また一緒にアイスクリームを食べに行こう」
「アイスクリーム! そういえば、あの店にあった香水の中に薬が入っていたのではないかと思うのですが」
「その通りだ。俺は北条があの店に香水を卸しているのを知った。調査に行った際にアイスクリームを見つけて、君に食わせてやりたいと思ったんだ。君は、甘いものが好きだろう?」
「そんなこと」

 どうして気が付いているのだろう。誰にも話したことがないのに。

「さぁ、もうすぐ屋敷に着く。祝言を挙げる用意は整っているんだ」
「き、気が早いですよ」
「早くない、俺は十二年も待ったから。愛している。俺の妻になってくれるだろう? 雪花(ゆきか)

 雪花――それは両親が名付けてくれた風花の本当の名だ。もう、誰も呼んでくれることはないと思っていた。

「……はい。私も」

 涙で視界がにじむ。こんなに幸せな日が来るとは夢にも思わなかった。

 両親の遺志を継ぎ、雪の花を世のために役立てたい。この人の隣で。

 新太郎の手をしっかりと握って、雪花は馬車を降りる。

 いつの間にか、季節は春を迎えていた。

 ひらひら、ひらひら、新しい日々を祝福するように桜の花が舞う。雪のように軽やかに。