文を送った翌日、北条はすぐに店に顔を出した。下男はきちんと仕事をこなしてくれたらしい。 

「どうしたんだい風花、私に相談したいことがあるって?」
「はい、流行り病のことなんです。私、その原因と治療法がわかるかもしれません」

 そう言うと、北条はわずかに体を前に傾けた。

「本当かい風花?」
「はい、私が昔住んでいた郷である植物の栽培をしていたんです。白い、綿のように軽い花を咲かせる植物です。その種子から二種類の薬を作ることができました」

 七つまで過ごした郷の景色を思い出す。畑一面に植えられた花から作られる薬は、郷の特産物あり、収入のすべてだった。

 都では特に高く取引がされたという。炎に包まれるあの日まで、外と隔絶された郷は豊かだった。

「君は、その詳しい作り方を知っているのかい?」

 北条の問いかけに、風花はためらうように首を横に振った。

「ごめんなさい、両親が調合しているのを見てはいたのですが、詳しいところまではわからないかもしれません。でも、大まかにはわかります」
「そうか、とても有益な情報だ、ありがとう風花、伝手を辿ってその植物を割り出してみるよ」
「よろしくお願いします」

 これで流行り病はよくなるだろう。そんな希望が見えた気がした。

「風花、今夜も呼ばれてるよ」

 女将さんの言葉に風花はため息をついた。また例の遠い店である。今回も違う客なのだそうだ。

 「どうして自分ばかり」と腹が立たなくもないが、仕事と言われたら仕方がない。指名がくるのだから行かないわけにはいかないのだ。熱があっても、仕置きの後も、ここで生きていく限り、休んでなどいられない。
 
「急いでいきます」
「そうしな、休んでる桜花の分もおまえが働くんだよ、お客を待たせるんじゃないよ」

 女将に急かされて身支度を整えていると、襖の隙間から桜花が青い顔でこちらを見ていた。
 ひどく甘い香りがする。

「風花、今から仕事? 私の分も忙しくさせちゃってごめんねぇ」
「そんなに気にしないで。しんどくない?」
「ううん、気分はとてもいいの。でもずっとゴロゴロしていたくなっちゃう」
「大丈夫だよ桜花、北条さんに協力してもらってるの。絶対に治せるから」

 そう告げると桜花は曖昧な返事をしてきた。

「うぅん、別に治らなくてもいいかなぁ。だってとってもいい気分なの。あぁそうだ風花、香水がね、なくなってしまったの。すごぉくいい匂いだから、どこで売ってるのか探して来てほしいなぁ」

 桜花がとろんとした表情でこちらを見てくる。一目見ただけで、正常ではないとわかる表情だ。

「しっかりして桜花! 素敵な旦那さんに身受けしてもらうんでしょう!」
「うん、うんそうだよねぇ。あぁでもそんなことどうでもよくなっちゃったかも。とにかく香水の香りが嗅ぎたいの」

 これ以上話していると仕事に遅れてしまう。でも桜花を放っておきたくもない。

 とはいえ今は何もできないのだ。病で誰かが死んだという話はまた聞いたことがない。
 今は、北条が解毒薬をどうにか用意してくれることにかけるしかない。

 風花は桜花のことを女将に伝えると、店を出た。