辺り一面に白い花が咲いていた。春先になると花を咲かせ始める花は、冬の名残のように見えた。小高い丘の上に立っているのだと気が付く。

 風が吹くと花弁が散る。それは、雪の降る様によく似ていた。そうだ、私の名前もこの花から取られたのだったなと、ぼんやりとした頭で考えていた風花は、ふと見た自分の手がずいぶんと小さいものであることに気がついた。

 紅葉の葉ほどしかない。この手では、琴を弾くのは難しいだろうななどと思っていると誰かに名前を呼ばれた。

 振り返ると八つか九つほどの男の子がいる。手足は細かったが、その瞳には強い意志が宿っているように見えた。 

「またこんなところにいたのか」
「うん、だってこと丘が一番畑が綺麗に見えるでしょう」

 風花はその子と顔見知りだった。物心つく頃から一緒にいたような気もする。当然のように名も知っていた。

 しばらく風に吹かれながら二人で畑を見下ろす。

「この花は郷の宝なんだ」

 男の子は話し始めた。はるか昔、聞いたことがあるような気がする。そうか、これは自分の記憶の中なのだと、幼い姿の風花は思った。

 この花から薬が二種類の薬を作ることができる。一つは心を穏やかにする薬、悲しいことや辛いことから逃がして、幸せな幻を見せてくれる薬。もう一つは、その効力を無くす薬。片方ではいけない。必ず、二つが必要なのだ。

 いつか、そう父が教えてくれたような気がする。幼い風花には難しすぎてわからなかった。

「約束だ、十七になったらおまえを迎えに行くよ」

 男の子は突然そう言って、細い指を差し出した。頬を赤く染めて、真剣な眼差しを向けてくるを
 きょとんとしている風花に、頬を赤らめた男の子は無邪気に笑って見せた。

「なんだ知らないのか、指切りっていって、約束をするときにするんだ」
「ゆびきり」

 おもむろに小さな手を差し出す。

「な、約束だ」

 白い花が散る。ほのかに頬が熱くなる。

 もう会えることはない。郷は火の海に呑まれた。風花と両親三人を除いて。あの少年にはもう二度と会えないのだと、やっと思い出した。

 とめどなく涙が流れ落ちる。こんなに泣いたのはいつぶりだろう。

 あの約束を交わした丘から燃える郷を呆然と見ていた風花は泣き崩れた。

「これでいい、全て上手くいく」

 隣で誰かの声がした。はっと顔を上げたところで、景色がぐるぐると回る。

 目を開くと見慣れた天井が映った。格子窓に朝陽が浮かんできているのが見える。
 視界が滲んでいるのは涙のせいだと、少しずつ思考が追いついてくる。

 あぁ、夢だったのかと思うと同時に「あ!」と声が出た。

 いつもなら「どうしたのぉ」と眠たい目をこすりながら声をかけてくる桜花の姿はない。病が発症して隔離されていたから。

 思い出した。早く、北条さんに相談しなければ。犯人を見つけるのだ、そして有馬の無実を証明しなければ。

 眠りは浅かったが眠気はない。眠ってなどいられない。早朝から身支度を整え、風花は北条の訪れを待った。