思うように情報が集まらず、しばらく座敷で琴を弾くだけの日々が続いた。話を聞きたかった北条も忙しく、なかなか店に顔を出さない。

 幸いなことと言えば、有馬が捕まったという噂が流れていないことだ。

 そんな折、風花はまた遠くの店に呼ばれた。前回と同じ客かと思えば、違う。今回もまた、聞いたこともない名前の客だった。

 前回の座敷の様子を思い出す。座敷にいたのは数人の商人だった。わざわざ風花を指名したくせに琴の音など聞いているのかいないのか、楽しそうに酒を飲み、大きな声でたわいのないことを話していた。

 なにか、違和感がある。

 柳川にいた洋装の男、桜花の座敷にいた藍染屋、片目、そして和装の北条。翌朝、川に浮かんでいた藍染屋。

 わからない。何がおかしいのかわからないけれど、確かな違和感がある。

 両親は、何をしに都に行ったのだったか。何か、話していなかっただろうか。どうして、有馬は印籠を取ったのか、そして北条も同じように、印籠のことを気にしていた。

「中に、何が入っているのだろう」

 今まで開けたことなど一度もない。振っても音がしないのだから中は空のはずだ。
 風花は印籠を取り出し、中を開けてみた。中に、何か――

「ない」

 中は空っぽだった。返しそびれていた有馬の印籠も開けてみる。はやり中身は空だ。風花は小さくため息をついて、二つの印籠を懐にしまった。

 淡々と流れていく日々の中で、時折奇妙な話しも耳に入ってくる。最近芸妓や娼妓の間で流行り病が広がっているというものだ。

 何年かに一度、こういうことはある。だが奇妙なのはその症状だった。咳や熱、発疹などの目立った症状はなく、ただ夢を見ているかのようにぐったりとしているようなのだ。

「おかしいよねえ、痩せて目の下にくまができちゃったりして、寝不足みたいな顔をしてるって話だよ。この町じゃぁみんな寝不足だよね」

 あはは、とおかしそうに桜花は笑ったけれど、風花は眉を顰める。それは、本当に流行り病なのだろうか。

「ねぇ見て風花、綺麗でしょう。この香水、お客さんがくれたのよ」

 桜花はころりと話題を変えて、美しい形の香水瓶を見せた。ちょうど有馬と出かけた店で見た香水瓶によく似ている。桜花が喜びそうだと思ったが、桜花の客も同じことを考えたのだろう。

「よかったね、大事に使わないと」
「うん、そうするよぉ」

 流行り病など、なければいい。そう願った風花であったが、流行り病であることを裏付けるかのように、症状は町の西から徐々に東側へと這うように広がっているようだ。

 堺屋近くの置屋の芸妓に病が出ると、さすがの桜花も顔を青くした。

「なにも亡くなるってわけじゃないんでしょう?」

 風花はそう言って桜花を勇気づけようとしたが、桜花の不安は消えない。

「だけど今のところ治ってもないって話じゃない。治療法がないんだよ。私、柏木(かしわぎ)屋のお(せん)ちゃんと一緒に踊りのお稽古したばっかりなんだよ。あぁ、私も感染(うつ)っているかもしれない。風花、私から離れて、感染したらいけないから」

 などといって桜花は部屋に閉じこもってしまった。

 何かが引っかかる。夢を見ているようなぐったりとした表情。風花はその日一日食事も摂らずに記憶を手繰った。

 そうだ、思い出した。

 記憶の中に答えを見つけたのは、呼ばれた座敷で琴を弾いている最中だった。仕事が終わると、風花は慌てて下の階に降りる。忙しそうに動き回っている女将さんに声をかけた。

「女将さん、北条様に文を書けないかしら、ご相談したいことがあるんです、お店に来てもらいたいのだけど」
「そういう恋文には「お会いしたいから来てください」って書くもんだろう。おまえには色が足りない。少しくらい愛嬌のあることを」 
「お小言はあとでたくさん聞きますから! はやく文を」

 女将さんは「だからあんたは可愛げがない」と小言を言いながらも、風花に文を書かせてくれた。店の下男を遣いに出す。

 有馬がいない今、北条に相談するしかない。