コンコン

 明け方、浅い眠りに就いていた風花は格子を叩く音で目を覚ました。

 薄暗い景色に、微かな影が見える。誰であるのか、風花にはわかるような気がした。

「良かった、君なら気がついてくれると思ったんだ」
「こんなことろで何をやっているんですか、すっかりお尋ね者ですよ!」

 声を殺して文句を言うと、有馬は困ったような笑みを浮かべた。

「嘘、ですよね」

 頷いてほしかった。違うと否定して欲しかった。だが、返ってきた答えは風花が望んだものとは違っていた。

「今、君に話すわけにはいかない」
「私は信じたい、あなたは誰も殺めていないって。藍染屋も、石田藤左衛門も、私の両親も」

 口にすると思わず涙がこぼれ落ちた。一度張り詰めた気持ちが切れてしまうと、堰を切ったように、涙が落ちる。

 有馬は風花の頬に手をあて、その涙を掬い取った。

「俺は、君を裏切るようなことはしない。絶対に」
「本当?」
「あぁ、本当だ。俺は嘘もつかない。約束も破らない。必ず君を迎えに来る、あの日(・・・)、約束しただろう? またアイスクリームを食べよう。そのときはあの紅を差してくれ。君によく似合う、淡い桃色の紅を」
「信じていますから」

 この人が人を殺すはずなどないと、ただただ信じたかった。あの日約束を交わした少年よりも、有馬の存在が大きくなってしまっていることに胸が痛む。
 でも、もうどうしようもなかった。心というものはいつだって思うようにいかない。

「ありがとう、君が信じてくれるなら、俺はこの世界の誰に罵られたっていい。だが、今は少し立場が悪い。俺はもう行く。今日は、君に印籠を返しに来たんだ」

 手のひらに印籠が載せられたとき、風花には悪い予感がした。

「待ってください」

 有馬の大きな手を両手で握る。

「必ず、迎えに来てください」

 いつもの優しい笑顔だ。いつから、こんな風に胸が高鳴るようになったのだろう。

「約束するよ」

 そう言い残して、有馬は風のように去っていった。

 空を厚い雲が覆っていた。しとしとと雨が降り出すとともに、町に静かな朝が訪れる。

 風花には胸騒ぎがした。なにか、良くないことが起こるような気がする。

 有馬の言葉を信じるなら、北条が教えてくれた情報が間違っていることになる。何者かが、有馬に罪をなすりつけたのだろう。そして、その何者かこそが、真犯人だ。何か、自分にもできることはないだろうか。犯人を捕らえるために、そして何より、有馬の無実を証明するために。そう思うと居ても立っても居られない。風花は情報を集めることにした。