「えーっと、このフォトフレームの買い取りは……十五年前か。結構経っているね」
「…………」
十五年前と言えば、透も十歳。彼女と同じくらいの年ごろだ。
同じ県内ではあるが、古城市とは別の街に住んでいた透は小学校が夏休みになると、いつも祖母の家に遊びに来ていた。半月ほど祖母と二人で過ごし、また実家に戻るのだ。シングルマザーとして朝から晩まで働いていた母は、やんちゃ盛りの男の子を祖母に預け、ひととき体を休めていたのだろう。
古い台帳を見ていると、当時の想い出があれこれとよみがえる。ふと、台帳に記された名前に引っかかりを覚えた。
「……きみ、名前はなんて言うの? どこの子だい?」
「…………」
祖母はその時、写真立て以外にもたくさんの雑貨を引き取っていた。売り物にもならなさそうな、取るに足らない生活用品を。
夕凪杏子。
それが、それらの品を売りに来たひとの名だった。
珍しい名字だけれど、それだけではなくて、何か記憶の奥底から違和感が湧き上がってくるような……。
「ホタル」
「え?」
「わたし、ホタルって言うの」
――ホタル。
蛍、か……。
『……わたし、蛍って言うの』
『ばあちゃんの店と同じ名前だ』
思い出の中の少女はかすかに笑っていた。
けれど、色褪せた写真のように細部がかすれてしまっていて、少女の顔がわからない。
『いのち短し恋せよオトメ』
『何それ?』
『ママが言ってた。どうして蛍って名前を付けたのって聞いた時』
『ふーん……』
蛍。
初夏の宵、一瞬の命を燃やして消えていく小さな虫。歳時記によると夏の季語でもある。
螢。蛍。ほたる。ホタル。
そして、それは。
小学生のころ、透が祖母の家に遊びに来ていた、夏休みの間だけの幼馴染みと同じ名前。
あんなに大好きだったのになぜか顔も思い出せない、初恋の少女の名だった。