「まさか、そんな……」

 新幹線の自由席で、透は自分の犯した罪に震えていた。
 自分が、蛍を……。
 おかしくなりそうだった。いや、既におかしくなっているのかもしれない。自分が正気なのかどうか、もう判然としない。

 昨日突然ほたるび骨董店に現れた、蛍と同じ名前の少女。
 夕凪杏子が差し出した写真に写っていた蛍と、同じ顔の少女。

 あのホタルは、蛍なのか。
 なぜ今、透の前に姿を見せたのか。
 そもそもホタルは本当に存在していたのか。
 会社を辞めさせられた過程での重度のストレスと、自ら封印した過去の記憶から漏れ出す罪悪感とで、疲れ果てた脳が作り出した幻影ではないのか。

 振り返ってみれば、妙なところはたくさんあった。
 杏子が蛍の母親なのだとしたら、おそらくもう一度会いたいと焦がれつづけた愛娘と同じ年ごろの、よく似た顔立ちをした少女が目の前にいるのに、なぜ何も言わなかったのか。杏子はホタルのほうに視線すら向けなかったのだ。

 違和感の源はまだあった。
 クリームソーダを頼んだ時、杏子は驚いた顔をしていた。あれは透がアイスコーヒーとクリームソーダを一人で頼んだと思ったからではないのだろうか。
 そして、杏子は二つのグラスを両方とも透の前に置いた。

 杏子には、ホタルの姿が見えていなかったのではないのか。

「……SNS」

 ふと昨日ホタルが店にいた時に、女性客が写真を撮っていたことを思い出した。

『写真、SNSにアップするので、見てください』
『素敵なお店だったって宣伝しておきます』

 彼女達はそんなふうに言っていた気がする。

 透はスマートフォンをボトムスのポケットから取り出して、冷たく痺れた指でSNSの投稿を検索した。

「古城市……ほたるび骨董店……」

 二つ目のSNSで、それらしき投稿を見つけた。
 何枚かの写真が載せられている。若い女性が昭和初期の階段箪笥の前で自撮りしている写真に、天井の梁に掛けられたつるし雛を指さしている写真。
 そして、三枚目の写真に、透が写り込んでいた。困ったような顔で微笑む透。年代物のレジカウンターに、炭酸水を飲み干して空っぽになったグラス。

 そこに、少女はいなかった。

 単に角度やトリミングの問題なのかもしれない。でも、ホタルは透の前に立っていた。透と話をしていたはずなのに。