冷えた炭酸水の泡がはじけて、ピチピチと涼しげな音を立てた。水滴のついたグラスを、乾いた夏の風がかすめていく。
梅雨が明け、いよいよ本格的な夏が来た。
標高二千五百メートルの高山のふもとにあるこの古城市は、七月の午後でも空気が清々しい。その上、築百年近い古家の店舗は風通しもよく、これまで七月にクーラーの必要性を感じたことはない。
「いらっしゃいませ」
二人連れの観光客が開けっ放しの扉から入ってきたのを、透は年代物のレジカウンターの裏の椅子に座ったまま出迎えた。
アンティークショップと言えば聞こえはいいが、なんということもない土産物屋兼古道具屋だ。礼儀を気にするほどかしこまった店でもない。
「ゆっくり見ていってくださいね」
「はぁい、ありがとうございます」
それでもできるだけ優しい声音を意識して声をかけると、透を見た女性客がきゃらきゃらと笑う。最近地元の城址公園がドラマの舞台になったらしく、ぽつりぽつりと若い女性が訪れるようになった。
透は炭酸水をぐいっとあおると、小さくため息を吐いた。女性、特に若い女の人はあまり得意ではない。
そこそこ背も高いし体もそれなりに鍛えているのに、もともとの線の細い柔らかな雰囲気のせいか、同年代の女性からも弟のように扱われることが多かった。二十五歳にもなって、同期の女性から『トオルちゃんってなんだか仔鹿みたいで可愛いよね』と言われた時にはさすがに抗議したが。
それはほんの数か月前のことなのに、はるか昔のような気がした。東京と、この祖母の暮らしていた小さな街。物理的な距離のせいで、そう感じるのだろうか。
それとも、疲れ果てた心が田舎の空気にようやく癒されはじめているのか。
「雰囲気のいいお店ですねぇ」
「表の看板もレトロで素敵」
「ありがとうございます。大正時代の建物らしいですよ」
江戸時代には交通の要衝として賑わっていたという旧街道沿いの店舗は木造で、濃い飴色の格子戸がかつての宿場町の雰囲気を残している。
表には『螢燈堂』という墨筆の看板が掛けられているが、それはこの『ほたるび骨董店』の昔の名だ。現在の店主、夏越透の祖母が当時としては革新的なひとで、これからの商売は気取っていては駄目だと、わかりやすい屋号に変更したらしい。