久しぶりに家へ向かう足取りは軽いものだった。親の意向に歯向かうことは怖かったけれど、それ以上に夢を追えるかもしれないという期待が強かったのだ。
 扉を開けるのを一瞬躊躇してから、勢いよく開ける。「ただいま」と模範的な挨拶を唱える。ここまではいつも通りだ。いつも通り、親の人形で、優等生な私。

「おかえり。学校はどうだった?」
「いつも通り楽しかったよ。……ねぇ、お母さん」

 ふわりと微笑む、理想的な母親。専業主婦の理想像を具現化したような人だ。
 その人に向かって私は、力強く言葉を発する。

「私、小学校教諭になりたい」

 お母さんは目を丸くして、数刻固まった。「な──」言葉より先に声が迸る。
「なんで? 裁判官になれば人生安泰よ? わざわざ知らない子どもの相手なんてしなくてもいいじゃない」
「私は人の罪なんてものを決めたくないの。人を裁きたくもない。だって私も裁かれたくないから。私は子どもたちに夢を与えられるような、優しくて立派な先生になりたいの!」

 初めて反抗らしい反抗をしたからか、必要以上に声が大きくなって語気も荒くなる。私のそんな様子がお母さんは信じられないみたいで、ひたすらわなわなと震えていた。

 それを見て、一抹の罪悪感を覚える。たしかに私の進路こそコントロールしようとしたけれど、ちゃんと教育してくれたし、ここまで育ててくれた。本当はこの願いも受け入れるべきなのかもしれない。
 それでも私は夢を掴みたい。やるにしても、もうちょっとゆっくり詰めていくべきだったかな、と悪く思っているところに、お母さんが叫ぶ。

「ここまで育ててやったのは誰だと思っているの! どうして親の言うことが聞けないの!? あんたはそんな子じゃないと思ってたのに……」

 大声が途切れると、途端に泣き出す。きっと傷ついているのだろう。この涙は間違いなく、私のせいだ。
 人を傷つけたら、謝らなくちゃいけない。これはどの小学校でも言われていることだ。だから私もそうしなければならない。そこで教えようと思っているのだから。

「ごめんなさい」
 私が精一杯の罪悪感を乗せて言うと、お母さんは涙を止めてふっと微笑んだ。

「わかったならいいのよ。今日も塾があるわよね? 夕飯、先に食べる?」
「ううん、帰ってきてから食べようかな。まだ作ってないよね?」
「ええ。……塾頑張って、ちゃんといい大学の法学部に行くのよ」

 やっぱり、わかってもらえなかった。

 泣きそうになりながらも「わかったよ」と返し、塾へ行く支度を始める。いつもならどれだけ心が弱っていても何でもないように返せるのに、さっきの声は弱々しかった。