青空高校の学校祭、通称「青高祭」は、学校の中だけではおさまらない、町をあげての大イベントになった。
 各クラスが出す模擬店には農協の店舗も並ぶ。ステージ発表では近所の保育園が前座を務めた。さて、青高祭のフィナーレは有志発表だ。

 飯田先生率いる教員バンドが盛大にスベッて幕を開け、赤川花菜らのトリオがラストを飾る流れだった。
 赤川らのトリオ、名付けて「青高SP(スペシャル)」の曲目は「学園天国」。赤川の経験曲と佐藤の提案が合わさったカタチで決まった。先生方にとっては往年の青春ソングで、生徒たちにとっても「なんか楽しそう」と思わせる選曲であった。

 赤川は佐藤と約束した翌日から音楽室を借り、かつての吹奏楽部で使われていた楽器から、まだ使えるトランペットを探し出した。なんと中級者が使うような、状態の良いグレードの高い楽器が眠っていたのである。
 佐藤も実家に連絡し、学生時代に購入したテナーサックスを送ってもらった。夜な夜な教員アパートで練習し、多少の苦情はいただきつつも、支部大会金賞の実力で、苦情からリクエストに、いただく声が変わっていった。
 今野はドラム担当。実は音楽の部活動に加入経験がない。高校時代に軽音部の友人が出れなくなったとき、助っ人で叩いた1回しか本番を経験していない。言い出しっぺのくせに、一番緊張していた。イメトレと牛乳パックで作った簡易ドラムの練習で、なんとか止まらぬ程度に、曲を仕上げてきた。

 佐藤が聴く限り、赤川は「なかなか吹けるトランペッター」だった。オーディションでコンクールメンバーを選ぶような部活でも通用するような、芯のある、歯切れのいい音を出すトランペッターだ。
 今野の想定外のグダグダ加減を誤魔化すように、赤川と佐藤のソロで、曲全体を仕上げるようにアレンジし、練習していた。

 さて、有志発表はいよいよトリの青高SPの出番。佐藤の目は赤川が有志発表に出ることを約束した時のように輝き、赤川と飯田は緊張からガクガクと震えていた。

 心なしか、飯田のドラムは練習より若干速く、音量も大きい。はじめにソロがある赤川が負けじと、体育館を突きぬけるように力強く吹き上げる。佐藤も自然と大きな音で吹き上げていく。
 やはり、赤川と佐藤の実力は本物だ。そして飯田のやる気も。生徒も先生方も、手拍子や掛け声で演奏を盛り上げていった。

 なにもかもがうまくいったように見えていたが、実は事件が起きていた。
 最初のサビがきたころ、赤川の音にプルプルと雑音が混ざってきた。呼気に含まれる水分が楽器の管にたまって発生する音だ。水分を抜けば解決するが、そのためには、10秒ほど音を出さない時間が必要となる。
 佐藤は目で合図を送った。

 「抜いていいよ」

 佐藤も演奏中。もちろん言葉は発しない。赤川は気づいたが、「もし違ったら、大変だ」と、なかなか踏み出せない。
 それでも音楽は流れていく。
 佐藤はもう一度、目で合図した。

 「抜いて」

 そして、赤川が吹く予定のメロディーを代わりに吹き始めた。赤川は恐る恐る、水分を抜いた。時間にするとほんの一瞬。佐藤の助けで、なんとかピンチを切り抜けた。

 事件はもう一つ起きている。2回目のサビがきたところで、飯田がドラムのバチを落とし、転がしてしまった。もちろん、演奏ができなくなった。
 こういうことは、まあ、よくある話であるので、本番慣れした経験者であれば、予備のバチを近くに置いておくものである。しかし、飯田はほぼ初心者。そんな気を利かせたなどいられなかった。
 もちろん予備のバチなどなく、飯田は演奏を抜けて拾いに行かなければならなかった。よりによってドラムソロの直前に。
 ここで気を利かせたのは赤川だった。その場にいればピンチが起きていることくらい、わかる。言葉にせずとも、空気で伝わる部分というものは、特に音楽には存在する。
 赤川は即興でどソロを吹き始めた。
 佐藤も状況を飲み込んで、即興の対旋律を吹き始める。2人の音楽が複雑かつハイレベルで組み上がっていき、「学園天国」をオリジナルのナンバーに吹き上げた。
 ちょうど盛り上がったところに、バチを拾った飯田もタイミングをズラさずに加わり、何事もなかったように有志発表が終わった。

 もちろん、会場からは拍手喝采。先生方からも生徒たちからも「スゴい!」という反響がかえってきた。さらに、ウワサを聞きつけた卒業生や他校生、青空中学校の生徒たちも「聞きたかった!」と、評判になっている。
 有志発表は一般公開しなかったので、見られなかった人からも、見たかったという話が出てきたというわけだ。

 「ねえ、先生。来年もやりましょうね!」

 「すごく楽しかったです! ありがとうございました!」

 赤川の誘いとお礼とが、佐藤の顔を表向きには笑顔にした。もちろん佐藤もやりたい。しかし、実のところ「来年」は存在しないことを佐藤は知っている。佐藤は心のなかで「本当にやってよかったんだろうか?」と、また思いふけ、日本酒を開けた。