―プルルルルッ 


ある日の夜、電話がかかって来た。

名前の表示されない、登録されていない番号から。

何度もコールする電話にゆっくり耳を近づける。


「もし、もし…?」

「あ、突然ごめん。俺…だけど、あっ志田!」

「うん、わかるよ。どうしたの?」


テレビを消してソファーに座る。
時計を見ると夜10時、きっとまだ東京タワーは光ってる。


「…今度移動になったんだ。あ、未来には!もちろん関係ないことわかってるんだけど…」

「うん…」

「何度も聞こうと思ってずっと聞けなかったことがあって、最後に、今更だけどやっぱりちゃんと話したくて」 


落ち着いた雪ちゃんの声に電話を持つ手に力が入る。キュッと電話を握りしめた。


「…あの日、“別れよう”って押し付けるみたいに言っちゃって…未来の気持ち聞けなかった。ごめん」

「ううん、聞かない方がよかったと思うよ」

「…今その答えを聞いたところで意味はないけど、どうしても知りたくて」


あの日、雪ちゃんが聞けなかったんじゃなくて私が言えなかった。言うのが怖くなったの。


「忙しくてすれ違うばっかりで会いたいって言われてもそんな気になれなくて…」

「うん、わかってる。それは私のわがままで、それが重荷になってるのはわかってた」

だからもう笑うのにも疲れちゃったんだよね。それが伝わってしまったから。

「ちゃんと聞いてあげられなくてごめん」

「…そんなことないよ、私の方こそ忙しくて大変なのに気付いてあげられなくてごめんね」

本当は泣いてすがることだってできた。

でもしなかったのは辛そうな顔をもうこれ以上見なくて済むと思ったから。


もう見たくなかったの。



好きだったから。



好きな気持ちが大きすぎて、苦しめるぐらいならそれはもう恋じゃない。


「…本当は別れたくなかった。もっと一緒にいたかった。でもね、もう楽しい恋じゃなかったよね」


何がそうさせたんだろう。

東京が私たちを変えてしまったのかな。

じゃあやっぱり来ない方がよかったのかもしれない。

だけどね、過ごした日々は今でも鮮やかに思い出せるくらい愛しさに溢れてる。


「私ずっとしあわせだったよ、東京へ来てからもずっと」


だからお願い、最後は笑ってほしい。


「うん、ありがとう」


これでもう本当に終わり。

全部を思い出に変える。

あの頃楽しかったねーって、今度は笑って話せるように。


「じゃあ…、電話切るね」

「うん…」


この電話を切ったら終わる。

やっと終わるんだ。


もう大人だから、無邪気に恋はできないよ。


あの頃みたいに。


「ばいばい」


もう一度さよならなんて聞きたくなかったな。

電話番号だって漣くんに教えてもらわなくたってずっと知ってた。

番号消しても覚えてたくらい、もう忘れられないんだよ。


知らない番号からかかってきたんじゃない雪ちゃんからかかってきたこと最初からわかってたよ。


でも、いい加減忘れないといけないんだね。

私の夢は叶わないまま終わっていったとしても。



最後の電話は東京タワーの光りが消えるのを待つことなく静かに切れた。