「ディスカバーデザインってうちから見える目の前の会社だったんだね!」


会社の昼休み、ささちゃんと近くの喫茶店にランチに来た。
駅ビルの下に入ってるサラリーマンたちが集う昔ながらのTHE喫茶店。


「調べたの?」

「ちょっとだけね~」


隅っこの席に向き合って座るささちゃんはふふんっと笑いながらさっき来たばかりのクロックムッシュにかぶりついた。そんでもってにやっと笑ってこっちを見た。


「俺が約束取り付けてあげようか?」

「いいよ、もう別に」


約束取り付けられたところで特にすることがない。取り付けられなくても別に…


「笹森千紘ちゃんだっけ?」

「あ、そっち?」


こないだ俺が持ってた名刺、女の子の名前だと思ってるんだ。確かにどっちともとれる名前だったな。


「どーせ雪ちゃんのことだから連絡してないんでしょ」

「してないけど」

「俺が一役買ってあげようか?って言ってるのに」


はぁっと息を吐いて、同じく注文したクロックムッシュを食べる。


「てゆーかこれ彼女じゃないし、そもそも女の子でもないし」

「え、雪ちゃんそっちの趣味が!?」

「ないよ!!」


開いた右手を口に当ててわーっと驚いた表情を見せるささちゃんによりため息が出た。


「思ってる相手と違うから」

「じゃあ誰なの?それ」

「誰って…、知り合い?」


でもないな、なんだ?顔見知り?


「絶対何かあると思ったけどな」

「は?」

「訳ありな顔して見てたじゃん、名刺」


ささちゃんが静かにコーヒーを飲んだ。マネするみたいに同じようにコーヒーを飲む。

あ、しまった。
砂糖入れるの忘れた。


「名刺の相手、元カノじゃないにしても大事な人かと思った」

「…そんなことないよ」


そもそも1度擦れ違っただけの相手だし。もう顔もあんまり覚えてないし。

その人のことは…


「…もう前の彼女の連絡先って消した?」

「え?」

「消さない限り忘れられないと思うよ。会えもしない相手の連絡先入れておいても、それはただ自分を引き留めてるようで進むことなんて出来ないよ」


でも捨てられなかった。


「…本当、だよね」


賑やかで煌びやかな東京で、ここだけはいつも静かだ。コポコポとコーヒーを淹れる音だけが心地よく耳に馴染む。


「あんな名刺もらわなくても連絡先ずっと知ってたのにね」

「は、何?それって…」


捨てても捨てなくても変わらなかったけど、なんとなく繋がれる唯一の手段かと思って。名刺を返したのはそれに頼ることをやめたかったから。


「もうでも本当に消すよ。彼氏、いるみたいだから」


一瞬見えたスマホの画面に映った名前、

それですぐにわかった。

あの時の未来の表情を見たら。