翌週の月曜日、忘れないうちにと早々に名刺を返した。


「笹森、これ」


サッとデスクに置き、自分はそのまま席に座った。


「ん?何コレ?なんで真中が俺の名刺…」


向かいの席で笹森が首を傾げる。しばらくんーっと考えて何かに気付いたように目を開いて立ち上がった。


「会えたの!?」


ガタっと大きな音のせいでみんなの注目の的だ。私までビクッとしてしまった。


「…あ、ごめん」


笹森自身も自分の声と物音に驚いたのか、すんっと大人しくなってゆっくり座った。


「志田さんに会えたの??」


今度は私にだけ聞こえるように小声で話す。


「うん、会ったけど…」


その言い方にはちょっと引っかかった。

会えたの?ってなんだ?まるで私が会いたがってたみたいじゃないか。


「なんで名刺渡したの?志田さんと知り合いだった?」

「えっとー…前にばったりとね!」

「うちあの会社と取り引きあったっけ?」

「ないよ、ないけど会ったから渡しておいた」


相変わらず支離滅裂で何を言われてるのかわからない。ふと思い出した。


“なぁ、最近誰か訪ねてきた?”


あの時もよくわからなくてどーせ笹森のことだと思って気にしてなかったけど、もしかしてそれが雪ちゃんのことだったんじゃないの?
どこで2人が繋がったか知らないけど、雪ちゃんは知らなくても笹森には何度か話したことがある。しかも笹森の名刺なんだから私に連絡来るはずなくて、そこがまた笹森らしくてなんだかイライラしてしまった。


「よかったじゃん!やったな!!」


笹森が嬉しそうに歯を見せて笑った。


「…宏太くんと私をくっつけたかったんじゃないの?」


「そうなればいいなーって思ってたけど、真中が志田さんのことまだ好きならそれはそれでさ!」


「ふーん…」


仕事を始めなければと、毎朝恒例のメールチェックをした。


「…なんで志田さんに名刺渡したの?」


5通ほどメールが来ていた今日も忙しそうだと思った。


「え…、それは…偶然会った時に真中の言ってた人かと思ったから咄嗟に名刺渡して…、俺に連絡してくれたら真中にも会えるだろ?」


偶然にとか咄嗟にとか、何その行動力。全然いらないけど、私が会いたがってたみたいな言い方しないでよ。


「いや、理屈はわかるけど流れはよく…」


「だーかーらー!志田さんも会いたがってたぽかったから!これは俺の勘よ!?絶対その気まだあったもんね!だからそのキッカケになればいいなって名刺渡したの!でも直接会えたならよかった!」


よくないよ。

だって笹森の名刺見て連絡はして来てないんだもん。笹森の勘なんて世界一当てにならないし。


「…あれ?でもなんで返って来たんだ?返す必要なくないか?」

「もういらないと思ったんでしょ」


あれは偶然会っただけで、しいからの誘いを受けなかったら会わなかったんだから。


「あ、もう俺の名刺なくても真中と会えるもんな!」


「そうじゃなくて、もう連絡するつもりはないってことだよ」


私と。もう会うことはないってこと。


「?」

「私たちとっくの昔に終わってるの」


さよならはもう告げたんだよ、それがもういつだったか忘れちゃうぐらい昔のことだよ。