しいたちと飲んでちょうど1週間後の土曜日の夜、今度は雪ちゃんと2人で会うことになった。

悩んだけど、そんなかしこまった格好して行くような相手じゃない。
でも久しぶりだし、少しだけ…特に意味はないぐらいの少しだけ、ね。

場所は東京タワーの近くの居酒屋。軽くお酒でも飲みながら。


「こんなお店知らなかった、お酒いろんな種類あるね」 


こないだとは違って半個室の、めちゃくちゃオシャレって感じでもないけどまぁ悪くはない。


「未来何飲む?カシスオレンジ?」

「あ…、うん」

「え、ごめん!違った!?」


2人で向き合って食事をするのは久しぶりで、でも何の違和感もなく私が毎回1番最初に頼むメニューを自然に言うから。


「ううん、カシスオレンジで!」


本当はすごく緊張していたけどすぐにそんなのなくなって、楽しいって思ってた。

確信に触れることのない会話はラクで、どんなことでも話せるのに。


「今もディスカバーデザインにいるんだ」

「うん、ずっといる。雪ちゃんは…、変わった?」

「俺も変わらないよ、たまに移動とかはあるけど」

私のオフィスの前にあるビルが雪ちゃんの働くところで、見えるわけないけどよく窓から覗いてたりしてた。時には会社の前で待ってたりして、懐かしいけど今でも鮮明に覚えてる。


「元気そうでよかったよ」

「うん、…私も」

「ずっとどうしてるか気になってたから、別れてから…」


目を伏せる雪ちゃんを前に、なんて言ったらいいかわからなくてお酒ではなく水を一口飲んだ。

楽しかった雰囲気がポロポロと壊れ始めた。


「俺が東京行くって言ったから一緒に未来も来たわけだから」

「ううん、そんなこと…」


そうなんだけど、確かにそうなんだけど。

東京でやりたいことも夢もなかった私は雪ちゃんがいればそれでよかったし、それが全部だったから。


「あの時は俺も余裕なくて…、一方的にに別れようって言っただけでさ」


そう思ってたのは私だけだったけど。 

雪ちゃんにはやりたいことも夢もあったよね。

その中に私はいたのかな、どうだったのかな。


「…でもよかったよ、今も東京にいて」


“よかったよ”


それは私がいてよかったんじゃない。

自分と別れても東京にいてよかったよ、そんな意味。

別れて地元に帰ったなんて聞いたら、楽しかった思い出もただ重くのしかかるだけだから。

あぁ、水も飲み干してしまった。

空っぽになったグラスを見ていると雪ちゃんが1枚の紙を渡して来た。


「何これ?笹森の名刺?」

「うん、もらったんだけど返しといてくれないかな」


なぜ笹森の名刺を雪ちゃんが持っていたのかもわからないし、それを返しといてと言われた意味もわからないけど、もう話すことが見付からなくて“わかった”と頷いて帰った。

少しだけ、少しだけね。

今日が楽しみだったんだよ。

あれ、そーいえば。
聞きたいことって何だったんだろう?