1枚の名刺を見ていた。


[㈱ディスカバーデザイン 笹森千紘(ささもりちひろ)


数週間前、会議に遅れそうで急いでる時にぶつかってしまった。

その時、相手の人が落とした名刺だ。

その社名に引っかかって、つい声を掛けてしまった。でも実際は掛けなかった方がよかったかもしれないのに。
すぐに何かに気付いたその人が押し付けるように名刺を渡してきた。


"会いに…、行ってあげてください!"


今更どんな顔して。


「………。」


はぁっと息を吐いて名刺をポケットにしまった。自販機で買ったパックのオレンジジュースにストローを差しす。


「やっほー、お疲れ!」


社内のリラックスルームで一息ついてるとペットボトルの水を持ったささちゃんがやって来た。隅っこの丸テーブルで肘をついて座る俺の前のイスに座る。


「こないだのどうだった?」


あれは元々全く彼女作る気配のなかった俺のためにセッティングしてくれた会。


「楽しかったよ、普通に」

「普通以上はないの?まぁ知り合いじゃあそんな気も起きないか」

「そーだねぇ」

「あ、でも同窓会とかでってパターンもあるし!」


ズズ―っとオレンジジュースを飲んだ。糖分取ってまだ山積みになったままの仕事に手を付けないと。


「悪くはなかったと思うけどなー、俺は」


机に両肘を付けて開いた手のひらの上に顔を乗せるささちゃんはまるでどこかの雑誌の表紙みたい。


「でも俺が思っててもしょうがないもんね~」


昨日の彼女とのデート楽しかったのかな、それくらい上機嫌だった。
特に返す言葉がなくてただひたすらにオレンジジュースを吸い込んだ。


「ねぇ雪ちゃんってさ」

「ん?」

「…まだ引きずってるの?」


これはよく聞かれる。


「引きずってないよ」


って毎回言うんだけど。

そんな風に見えるんだろうか。
普通にしてるつもりなのに。


「なんで別れたの?前の彼女と」

「よくある理由だよ、すれ違いってやつ」

「ふーん…」


不服そうな顔で俺を見ながらペットボトルの蓋を開けた。


「じゃあ俺仕事戻るから」


すくっと立ち上がって飲み終わったパックのオレンジジュースのゴミを手に持った。


「ん、なんか落ちたよ」


うまくポケットに入ってなかったのか立った瞬間にひらりと舞った。それをささちゃんが拾った。


「名刺?」

「あぁ~、こないだもらったんだ」

「ディスカバーデザインなんて会社うちと取り引きあったっけ?」

「うん、ちょっとね」


"会いたいと思ったんですよね?"


そんな顔してたんだろうな、その時も今も。

全然普通にしてない。

もらった名刺だってずっと持ったまま、会いには…行けなかったけど。