彩~清か色の日常、言葉のリボン

(ゆうside)

春の女の子と一緒に病院の廊下を歩く。

僕の肩に回す彼女の腕は安心の気持ちを込めているように。
一歩ずつ踏み出す足は生きることを改めて感じさせるように。
その歩みはゆっくりだけど、たしかに前に向かっていた。

ベッドの上に腰を下ろした彼女は改めて、僕の方を向いて感謝を告げた。

「……ありがとう」

その表情ははにかんでいるようにも困っているようにも見えて、何だか不思議な様子に見えた。
頬は赤く染まっている。
だから、僕は恥ずかしくなりながら答えた。

「いや、たまたま思い当っただけで……。
なんていうか、うん。
君が無事で良かったよ」

僕の直感が、屋上に向かうように告げたのだ。
それ以外にどう説明しようか。

それきり、彼女は窓の方を向いてしまった。
しばらく沈黙がふたりを包む。
空の朱色が流れていくのが、病室の窓から見えた。

「ゆう君って自分で分かってないんだよね」

春ちゃんは窓の外を見ながら話し始めた。
抑揚はあまり感じられない、低く小さな声だった。
急に何の話題だろうか。

「君って、自分のこと分かってくれたら嬉しいな」

どういうことだろうか。
彼女が話を続けるのを待った。

「いつもみんなのことを一歩下がって見てて。
自分は後回しで、常にみんなのことを考えているの。
……それだから、わたしのこと気づけたんだと思うよ」

そういうものだろうか。

「絶対そうだよ、優しい君だからさ。
屋上に居る時に、ゆう君の顔がよぎったんだよ。
そしたら本当に来てくれた」

……だから、わたしは死ねなくなっちゃった。
そう言う彼女は相変わらず抑揚を感じさせないで話す。
ここから顔は見えないけれど、内心では喜んでいるのだろう。

きっと、そうだ。

 ・・・

肩が上下に動いて、春の女の子は一息ついた。
安心したということかな、そう僕が解釈していると彼女はパジャマのボタンに手をかけていた。

慌てて顔を背ける僕に、彼女は左腕だけをむき出しにした。
こちらに少し向きながら、身体の前の方を隠しながら彼女は語りだした。

「わたし、もう死のうとは考えないけれど。
この傷をひとりで抱えていくには重すぎるんだ」

それだから、空に舞うことを考えた。
すべてを失っても、家族に会いたくなった。

僕は驚くことしかできなかった。

まるで写真を撮るような。
一瞬の景色を切り取るような。
ひとつの偶然が一瞬の出来事が、彼女の運命を壊してしまうなんて。

「まさか喫茶店のお姉さんとはね」

その一言は偶然の出会いを物悲しく語ってくれる。
左腕にある古い傷をずっと抱えて、春の女の子はずっと生きてきたんだ。
それもあろうか、あの人も心に荷物を背負っていたのだろう。

「同情してほしいとは言わないけどさ」

……ほんとみじめ。
彼女は窓の方を向いて、そうつぶやいた。

いつの間にか宵の口という時間になっていて、空は暗くなりつつある。
病室の中の様子が窓に反射するようになっていた。
彼女が一筋の涙を流したことが分かって、余計に僕も辛くなる。

「ずっと親戚の家とか周ってきたけど、内心は一人で生きているって思っていた。
それはたぶん、これからもそうなんだと思う」

彼女が語っていることは生きる意思を思わせる一言だ。
でも、なんだかそれには希望を感じさせない。
これまで一緒に居たのに、何だか遠いところに行ってしまいそうな。
そんな寂しさを感じさせる。

「君が生きていてくれるだけで、僕はうれしい」

粋な一言も言えずに、平凡な言の葉だけをその背中に告げた。

 ・・・

帰り道に、一枚のCDアルバムを買った。

<401ストリート>という名前で、待ちに待っていた何年振りの新譜だ。
きちんと発売日に限定盤を買うのがファンというものだろう。

レジに並んでいるときも。
金と銀の2枚組の円盤に収められているリストも。
わくわくしていたのに。

どういう訳か切なくなってしまう。
愛しい人の手を握り締めたい、その歌詞は春の女の子を思い起こさせた。

ポップな曲も、ロックも。
今の僕には自然と涙へ変換されていく。
部屋の中でひとり涙をこらえていた。

やがて、勇気をつける曲と出会う。

<明日生きるための 一言>

その一文だけで僕は自分の気持ちに気づいた。
そうだ、元気になるんだ。
彼女が出会った残酷な運命を僕は受け止めてあげたい。
お日様のような温かい笑顔をもっと見たい。

大切な人を想うことのできる、素晴らしいアルバムだろう。
お互いに頑張って過ごせますように。

君も、そして僕も。