(春音side)
牛乳が入ったマグカップを片手に、テレビの画面に釘付けになっている。
「240余年の歴史と伝統を誇る、世界3大バレエ団のひとつ……。
<ボリショイ・バレエ>。
いつの時代も世代を超えて、私たちに感動を届けています!」
朝のニュースではバレエ留学に挑む少女のインタビューを放送していた。
わたしと同い年の15歳。
そんな子が、世界に羽ばたこうとしている。
驚くと同時に、夢を追うなんて素敵だと感心してしまった。
わたしは小さい頃にも春ちゃんと呼ばれていた。
バレリーナになるんだ! って言いながら、お母さんのお洒落な化粧台の前でターンをする。
とびきりな笑顔の練習もしてたっけ。
幼稚園のみんなも先生もとても応援してくれていた。
ただ、資金がなくてお母さんが頭を悩ませていたのに薄々感づいていたけれど。
……そして、一瞬の出来事がすべてを奪っていく。
年端もいかないわたしには、悲しい現実が大きくのしかかる。
壊れて消えた夢。
まるで、追い立てられるように生きていくしかなかった。
そんな5歳の頃だった……。
・・・
買い物袋を抱えて歩く、暑い午後。
手のひらを軽く開いて握り返してみる。
白い肌にうっすらと浮かぶ血管に、今こうして生きているって思わせるんだ。
春は今、生きているんだ。
この世に生まれたからというのは当たり前だけど。
赤い血液が、温かい<何か>に生かされていると思う。
その時、路地裏を走る車が暑苦しい空気と焦げたカレーの匂いを運んできた。
一気に悪い気分がこみ上げる。
わたしは思わずそこにしゃがみ込み、眩暈を我慢した。
熱中症だろうか。
失敗した、今日は牛乳を飲んだだけだったからなあ。
自販機で水を買って木陰で休む。
ふと、<おやつタイム>の皆が目に浮かんだ。
彼らと仲良くさせてもらって、とても嬉しく思う。
もしもわたしが居なくなったら……、彼らに何を残せるだろうか。
たまに生命 –いのち- について考えたくなる時がある。
だから、わたしの秘密を明かしてしまおうか。
・・・
それから数日経った日、わたしは学校のお昼休みに机を並べていた。
水泳部の彼女と美術部の彼女、このふたりとよく一緒にランチを食べている。
ナギサさんがこちらを見ながら話題を切り出した。
「そういえば、春ちゃんって誰か居ないの」
屈託ない笑顔をこちらに見せてくる。
その上がっている口角にはわくわくが込められていた。
誰かってどういうことだろうか。
まさか、彼氏について訊きたいのかなあ。
慌てるわたしはつい両手を顔の前で振った。
すると、ふたりはくすくす笑ってしまう。
ナギサさんがちゃんとした質問をしてくれた。
「彼氏じゃないよ、一緒に高校に来たクラスメイトとか」
わたしはまるで人形劇の糸が解けたようにその場に倒れそうになる。
顔が熱くなったので手で仰ぎながらパックの飲むヨーグルトを一口すすった。
「そんなに顔が赤くならなくたって大丈夫だよー。
聞くのも申し訳ないかなって思ってたけど、少しは春ちゃんのことを知りたいかなって」
「昨日、ふたりでそんな話になったんです」
ナギサさんとアヤカさんは代わる代わる説明してくれる。
わたしは首を横に振って返答に変えた。
確か、だれもいなかった気がする。
「みんなはいつも一緒に居るんだよね」
わたしは彼女らに尋ねてみた。
仲良くて素敵、<おやつタイム>のみんなにはこういう風に感じているんだ。
「私たちは色んな高校を見たけどね、全員揃ってここに進みたいって言ったんだ。
そしたら、みんな合格しちゃって」
そうなんだね、仲良し同士引き合っているのかもしれない。
「わたし、ちょっと事情があって……」
わたしはそう言いかけたけど、午後の授業が迫っていた。
その場はすぐお開きになってしまった。
・・・
牛乳が入ったマグカップを片手に、テレビの画面に釘付けになっている。
「240余年の歴史と伝統を誇る、世界3大バレエ団のひとつ……。
<ボリショイ・バレエ>。
いつの時代も世代を超えて、私たちに感動を届けています!」
朝のニュースではバレエ留学に挑む少女のインタビューを放送していた。
わたしと同い年の15歳。
そんな子が、世界に羽ばたこうとしている。
驚くと同時に、夢を追うなんて素敵だと感心してしまった。
わたしは小さい頃にも春ちゃんと呼ばれていた。
バレリーナになるんだ! って言いながら、お母さんのお洒落な化粧台の前でターンをする。
とびきりな笑顔の練習もしてたっけ。
幼稚園のみんなも先生もとても応援してくれていた。
ただ、資金がなくてお母さんが頭を悩ませていたのに薄々感づいていたけれど。
……そして、一瞬の出来事がすべてを奪っていく。
年端もいかないわたしには、悲しい現実が大きくのしかかる。
壊れて消えた夢。
まるで、追い立てられるように生きていくしかなかった。
そんな5歳の頃だった……。
・・・
買い物袋を抱えて歩く、暑い午後。
手のひらを軽く開いて握り返してみる。
白い肌にうっすらと浮かぶ血管に、今こうして生きているって思わせるんだ。
春は今、生きているんだ。
この世に生まれたからというのは当たり前だけど。
赤い血液が、温かい<何か>に生かされていると思う。
その時、路地裏を走る車が暑苦しい空気と焦げたカレーの匂いを運んできた。
一気に悪い気分がこみ上げる。
わたしは思わずそこにしゃがみ込み、眩暈を我慢した。
熱中症だろうか。
失敗した、今日は牛乳を飲んだだけだったからなあ。
自販機で水を買って木陰で休む。
ふと、<おやつタイム>の皆が目に浮かんだ。
彼らと仲良くさせてもらって、とても嬉しく思う。
もしもわたしが居なくなったら……、彼らに何を残せるだろうか。
たまに生命 –いのち- について考えたくなる時がある。
だから、わたしの秘密を明かしてしまおうか。
・・・
それから数日経った日、わたしは学校のお昼休みに机を並べていた。
水泳部の彼女と美術部の彼女、このふたりとよく一緒にランチを食べている。
ナギサさんがこちらを見ながら話題を切り出した。
「そういえば、春ちゃんって誰か居ないの」
屈託ない笑顔をこちらに見せてくる。
その上がっている口角にはわくわくが込められていた。
誰かってどういうことだろうか。
まさか、彼氏について訊きたいのかなあ。
慌てるわたしはつい両手を顔の前で振った。
すると、ふたりはくすくす笑ってしまう。
ナギサさんがちゃんとした質問をしてくれた。
「彼氏じゃないよ、一緒に高校に来たクラスメイトとか」
わたしはまるで人形劇の糸が解けたようにその場に倒れそうになる。
顔が熱くなったので手で仰ぎながらパックの飲むヨーグルトを一口すすった。
「そんなに顔が赤くならなくたって大丈夫だよー。
聞くのも申し訳ないかなって思ってたけど、少しは春ちゃんのことを知りたいかなって」
「昨日、ふたりでそんな話になったんです」
ナギサさんとアヤカさんは代わる代わる説明してくれる。
わたしは首を横に振って返答に変えた。
確か、だれもいなかった気がする。
「みんなはいつも一緒に居るんだよね」
わたしは彼女らに尋ねてみた。
仲良くて素敵、<おやつタイム>のみんなにはこういう風に感じているんだ。
「私たちは色んな高校を見たけどね、全員揃ってここに進みたいって言ったんだ。
そしたら、みんな合格しちゃって」
そうなんだね、仲良し同士引き合っているのかもしれない。
「わたし、ちょっと事情があって……」
わたしはそう言いかけたけど、午後の授業が迫っていた。
その場はすぐお開きになってしまった。
・・・