と言いながら土岐はすぐに電話を切った。受話器を置いてしばらくすると、河本印刷の外回りから、電話があった。福原が取り次いでくれた。
「毎度、河本印刷です。東亜サロンのリーフレットの校正ですね」
 携帯電話のようだった。自動車の雑音にまぎれて音声が聞き取りにくかった。
「そうです」
「三時過ぎには、うかがえると思いますが・・・」
と三時前には行けないことを強調するような言い方だった。
「そうですか、じゃ、三時過ぎにお願いします」
と用件だけ伝えて、受話器を置いた。そこに、専務理事の萩本が、昼食を終えて事務室に戻ってきた。壁掛時計を見ると、二時を過ぎていた。爪楊枝をくわえて、シーハーと音をさせて土岐の背後を通り過ぎる。理事長室の海老茶色の合板パネルのドアがバタンと閉まるのと同時に、事務局長の金井が自分の机の上の書類を束ねて、そそくさと理事長室に入って行った。
(たぶん、経済産業省からどの程度の補助金が引き出せるのかという相談だろう)
と土岐は推察する。萩本のもっとも重要な仕事は、天下り元の経済産業省から補助金を引き出すための口利きだった。その金額によって、来年度の事業規模が決まる。
 いつものように事務室に昼下がりの気だるい空気が流れていた。非営利団体だから、営利団体のような活気がないのは当然かもしれない。それにしても、仕事が少なかった。土岐も含めて、専務理事も事務局長も経理の福原も、予算の人件費を消化するためだけに事務室で時の流れてゆくのをじっと待っているような毎日だった。土岐に与えられた主な仕事と言えば、二、三カ月に1回開かれる講演会の準備や案内と運営と講演録の作成と会員企業への講演録の配送ぐらいだった。この仕事にしても、講演会の前後、2週間もあれば処理できる量だった。
 三時をすこし回った頃、河本印刷の外回りが事務室に入ってきた。土岐が東亜サロンのリーフレットの校正をだらだらと2回済ませたところだった。
「毎度、河本印刷です」
と疲れ切ったような覇気のない声がする。河本印刷の外回りは、河本社長の三男で、ブルーのカラーワイシャツに濃紺の地に黄緑の幾何模様の入ったネクタイ、ジルコンの嵌ったネクタイピン、大き目のカフスボタン、頭髪をヘアスプレーで固めた格好で現れた。いつもながら、事務室には場違いと思える派手さだった。
「じゃあ、そちらへ」