(九月二十四日金曜日)

 秋が深まる気配を見せ始めた九月下旬の金曜日の朝十時ごろ、調査依頼の電話があった。年齢不詳の女の声で、誰かの紹介だと言っていた。自宅まで来てくれないかと言うので、その日の午後、依頼者の自宅に向かうことにした。
 依頼者の家は田園調布にある。渋谷方面に向かう乗客をかき分けて、田園調布駅で降り、駅の北口から出た。曇り空だが、雨はやんでいた。
 土岐は扇型の駅前から放射線状に延びた街路を北に向かって登り始めた。どの邸宅もこんもりとした樹木が塀の上にあふれている。ところどころの広葉樹がオレンジがかった淡い黄緑に色づき始めている。
 時折、家並みの間を流れる秋風がひんやりと冷たく感じられる。少し歩くと、土塀や築地塀で囲われた広壮な住宅が、僅かずつ小ぶりになってくる。
 さらに北上すると、緩やかな登り坂が終わり、どこにでもあるような住宅街になる。その分かれ目に依頼者の住所があった。
 黒い御影石の表札に白い楷書体で、〈廣川〉とある。灰色のシャッターの降りた車庫の右端に、プランターに囲まれた数段の上り階段があった。その階段を上り詰めると片開きの深い緑の鉄柵の低いゲートがある。一メートル程の薄茶の大谷石の右の門柱にプラスティックの黒いインターフォンが埋め込まれていた。
 土岐は期待を込めてボタンを押した。応答がある。今朝の電話の女の声と同じだ。
 しばらくして鉄製のゲートの施錠が、〈カッチ〉と解かれた。鉄の門扉を押すと、かすかな軋み音をたてて抵抗なく開いた。そこから玄関まで亀甲形の敷石伝いに五メートルほどあった。
 玄関近くの四角い飛び石の両側に、斑の入ったシマトネリコのこんもりとした潅木が並んでいる。
 玄関扉は唐草文様の浮彫を施した凝った造りだ。
 玄関の前に立って土岐がノックしようと拳を構えると、中から待ち構えていたような声がした。
 真鍮のドアノブを引いて玄関の中に入ると、正面にベージュのスラックスの小柄な女が立っていた。ビーズとスパンコールで紡がれた黒地に蒼いバラの刺繍のはいったスパニッシュジャケットを羽織っている。体型や顔立ちから四十歳を超えていることは間違いないが、四十代なのか、五十代なのか、薄暗い玄関と厚い化粧で分からなかった。