1 奇妙なアルバイト(プロローグ)

 二十一世紀になって数年過ぎた頃、土岐は朝早く千住の安アパートを出た。大学院統計学研究科の指導教授の岩槻に紹介されたアルバイト先に向かうためだ。一月の末で春休みに入ったばかりのぞくっとするような薄ら寒い朝だった。京成本線の千住大橋から着膨れで満員の通勤電車に乗った。通勤快速は町屋と日暮里に止まって終点の上野に向かう。車窓を流れる千住の町並みには際立った特徴がない。右手に庭のない小さな住宅が狭い路地を挟んで密集している。左手の町工場跡に低層のアパートが立ち並ぶ。隅田川を渡って町屋迄の光景も代わり映えがしない。寂れた町工場の間に間口の狭い門構えのない住宅が蝟集している。新三河島を通過して日暮里迄の光景も同じようなものだった。日暮里で下りた。プラットホームの寒風を避けてJRへの連絡通路で待つ。田端方面の内回りの山手線が先に来た。階段を駆け下りて電車に飛び乗った。渋谷経由で目黒についたころ、暖冬の外気は十度近くになっていた。警察統計研究所は駅から南へ徒歩十分程の城南地区の旧宮家の古木の林立する敷地内にある。交通量の多い片側二車線の狭隘な表通りから湾曲した一方通行の坂道を衝突で凹んだままのガードレールに沿って少し下る。枯れた蔦の絡まる煉瓦塀の途切れた所にモルタル造りの少し罅の入った二間程の門があった。開かれた木造の高い門の右側に警察統計研究所という墨痕の薄れかけた木の表札が掛けられている。門の中に入る。雷光のような亀裂の入ったアスファルトのなだらかな上り坂の先に塀と同じに赤茶けた煉瓦造りの低い車寄せがあった。手前には石膏の小便小僧の頭の周りに薄日のこぼれる水の涸れた小さな池がある。背丈程もある巨石がこんもりとした常緑の潅木で覆われていた。車寄せの奥の右側の日陰に古い駅舎の出札口のような受付があった。警察の冬の制服を身につけた愛想のなさそうな胡麻塩頭の初老の男が茫然と座っていた。声を掛けると、
「どちらに御用で?」