三沢は大田に母親の住所と勤務先を伝えた。
「自宅は埼玉で、これから行くとすれ違いになりますね。勤務先の方に行きますか。3時出勤だそうで」
「3時?水商売か?」
「土岐がいうには割烹だそうで」
「割烹も水商売だ」
 二人は上野駅前の割烹料理店に向かった。浅草口から出て、浅草通りを浅草署を通り越して、仏具店の隣の「東一」という店の裏口のインターホンを押した。女中風の老婆が出てきた。手帳を見せたが、反応がない。三沢が口を開いた。
「警察ですが、織田さんに聞きたいことがあります」
「オダさん?そんな人はいませんが」
「こちらで働いている女性で、先日お嬢さんが殺害されて」
「ああ、沙希さんですか」
「勤務は3時からときいてますが」
と大田が三沢の後ろから声をかけた。
「ええ。遅刻はしない人なんで、そろそろくるはずです」 
 大田の後ろから、老婆に声がかかった。
「呉さん、どなた?」
 老婆が奥に引っ込み、声の女が入れ替わった。
「沙希ですが、何か?お店は5時からですけど」
「警察の者です。勤務前に申し訳ないですが、お嬢さんのことで、ちょっと、お話をうかがいたいんですが」
「そうですか、おかみさんにことわってきますので、ちょっとお待ちください」
 二人は二三分待たされた。
「表に回ってください。あけますから」
 二人は浅草通りの玄関にまわった。すぐ、中から開錠され、下ろされた暖簾のなかから、先刻の女が顔を出した。
「お入りください」
 L字形の待合の畳の腰掛が二人にすすめられた。
「奥はまだ、片付いていないので」
 二人が並んで座り、沙希が斜め左に腰かけた。大田が先に沙希にひざをむけた。
「このたびはご愁傷さまで。報告が遅くなりましたが、殺害という線で捜査を進めております。私は担当の大田、こちらは同僚の三沢」
 三沢は大田に遅れて、名刺を差し出した。
「いまのところ手がかりがない状況で、今日は、お母様のこころあたりを伺いに」
「思い当たることは、なにもありません」
「友人関係やご親族の関係で、もめごとのようなことはありませんでしたか」
「操子が子どものころ、父親が手を出したことがありましたが」
「暴力ですか?」
「暴行です」
「奥様の別居も、その辺に理由があったんですか?」
「DVです」
「警察に行ったことはないんですか?」
「民事不介入だって、とりあわないんです」