翌火曜日、三沢はもう一件の取引のトラブルを発見した。このトラブルは、削除したフリーメールを復元した中にあった。取引相手は、東京郊外の小さな古書店だった。
(美紗子)「本が臭いので、とりかえてもらえますか。返品します」
(古書店)「どんな匂いですか」
(美紗子)「かび臭い」
(古書店)「古書だから、目に見えない多少のかびはあるとおもいますが」
(美紗子)「かびアレルギーなんです」
(古書店)「わかりました。全額返金します。返品は不要です」
 三沢はこの古書店に電話を掛けた。自己紹介はしたが、事件のことは言わなかった。
「この取引を覚えていますか?」
「かび臭いというクレームは初めてだったので、覚えています。タバコ臭いというのは何件かありましたが」
「全額返金で、返品不要ということは、古書をタダであげるという意味ですか?」
「そうです。受注千件中何人かは、こういうのがいるんです。千円程度の取引で、時間を食うのは馬鹿らしいので、ネット販売のコストと考えています。住所は知っているので、犯人は割れているけど、万引きのようなものです。カビ臭はしないという証明をとって販売することもできますが、証明書コスト込の価格で売れると思いますか?汚れだとか、線引きだとか、書き込みだとか、クレームに事欠かないんですが、全頁のコピーを証拠としてとるだけのコストをかけられますか?ただ問題はこのサイトでは売り手の評価は公表されるんですが、圧倒的多数の買い手の評価は公表されないんです。だから圧倒的少数の売り手は買い手の評価を見ながら商品を販売することができない。逆に数万の買い手は数百しかいない売り手の評価を見ながら買うことができる。どうしてだかわかりますか?」
 反問にあって、三沢は電話を切った。別のフリマサイトで、この古書を検索すると出品されていた。ただし、ハンドルネームは(美砂子)になっていた。
 外出からデカ部屋に帰ってきた大田に三沢はこのことを説明した。大田は疲労困憊したような顔をしている。
「どれも高くてもせいぜい数千円の取引だろ。高額骨董品取引ならともかく、そんな金額で人を殺すか?」
 三沢は汚れきった床に目をおとした。
「C2Cの線はあきらめますか?」
「スジが悪かったかも知れねえな。高額オークションで、偽物をつかませたってえデータはあったか?」
「いまのところ、ないです」