「東大医学部が近いので、上野桜木の方の高級マンションには何人かいますが、このへんは下町で、駅に近くて便はいいんですが、木造の古い建物ばかりで」
「いないということですか?」
と三沢はいらだったように言う。
「ええ」
「じゃあ、操子はどこで、古書とはいえ、高額の医学書を手に入れた?」
と大田は自問した。
「ぼくの中学の同級生で、神保町で古書店をやっているのがいるんですが、寄ってみますか?」

 二人は地下鉄を利用して、神保町に向かった。その店は、古書店街の真ん中辺にあった。久闊を叙すと、三沢は切り出した。
「古書のフリマで、文系の女子学生が高額の医学書を出品しているんだけど、どうやって入手したかわかる?」
 うずたかい古書に囲まれた店主はほとんど禿げ頭で正岡子規を彷彿とさせた。
「ときどき変なのが読みもしない古書を買っていくけどね。多分フリマで転売しているんだろうけど、若い女の子は見たことがない」
「読みもしないってどうしてわかるの?」
「だって、ジャンルがばらばらの専門書ばかりを。たしかに専門書は古書でも高く売れる。小説やベストセラーは100円でも売れない」
 大田が後ろから首をななめにしてあいさつした。
「古書の店舗販売とネット販売はどういう関係にあるんで?」
「最近、アメリカから大手の古書販売仲介業者がやって来て、バカでかい倉庫をおっ建てて、ネット専門でやっているけど、ショバ代が高いんで、うちはやってないけど、最近始めた業者はそこに登録してやってるみたいだね。なかには店舗をもたないやつもいる。ショバ代とは別で売値にも定率で手数料を取られるから、そういう業者は1冊1円で売ってる」
「1円?」
と三沢が素っ頓狂な声をあげた。
「買い手に負担させる送料は別なんで、送料で稼いでいる」
「ということは、送料がバカ高いの?」
「いやそうでもない。古書店が定額を支払って古書をその会社の倉庫におさめると、契約上送料はその定額にふくまれているから、売れれば送料が出店者に振り込まれる」
「ということは、送料が売上になる?」