アルチュール 野馬知明
月曜日、定年間近い大田忠警部補は遺体の第一発見者として土岐明に任意で事情聴取を求めた。蒲田署の取調室に同行した。署にむかうパトカーの助手席で、大田の相棒の三沢開は土岐の名刺を見ながらスマホでウェッブ捜査を始めた。
取調室で、最初に、大田が質問した。
「もう一度、織田操子さんを発見した時の状況を説明してくれる?」
土岐は鼻孔を大きく開いた。震えるような声で話す。息が荒い。
「彼女と蒲田の自宅で、夜の8時に会う約束をしていました。僕が時間に遅れて、彼女が携帯電話で文句を言ってきました」
相棒の三沢が割って入ってきた。
「なんて言ってきたんですか?」
「なんでいないのって」
「いないって、あなたが自宅に?」
「ええ」
大田が聴取をつないだ。
「それでどうした?」
「駅前の喫茶店セザンヌを指定しました」
「蒲田の?」
「ええ」
土岐は唇を尖らせて話す。むかついている感情を隠せない。
「その喫茶店で会った?」
「8時半すぎに着いて、店中を探したけれどいないので、もう一度携帯をかけて」
「出なかったんですか?」
と三沢が先走った。大田が目線で三沢を注意した。
「それから?」
「携帯に出なかったので、自宅に向かいました」
「位置情報を確認しなかった?」
「設定していなかったので」
土岐はぬるいお茶に口をつけた。喉を鳴らす。大田も茶碗に手をのばす。
「どのくらい手前で彼女を確認した?」
「数メートル。暗かったので。最初はまさかという感じで。うつ伏せだったけど、体形と髪型で彼女と分かりました」
「遺体はさわっていないですね」
と三沢が詰問する。
「あなたのほかに、目撃者はいませんでしたか?」
「だれも。出血が多かったので、とりあえず、119に電話しました。どうしたらいいのかわからなくって、おろおろして操子さんの名前を呼び続けました」
大田がお茶を飲み干した。茶碗をコトンと置く。
「現場の証言と同じだな。で、彼女との関係は?」
「クライアントの娘で、同情から時々飲食を共にするように」
三沢がボールペンをノックした。
「クライアントって誰のことですか?」
「彼女の父親です」
「あなた、何屋さんですか?」
「便利屋です」
「名刺の土岐明調査事務所というのは、なんでも調査するということですか?」
「ええ」