高く鋭く堂々とそびえ立つ山々の上を軽々と飛翔する。
 山に向かえば向かうほど、人間の暮らす里はどんどん少なくなっていく。
 下を見れば深い森、上を見れば雪に染まる山の頂。

 凍えるほど寒くてもおかしくないのに、ちっとも寒くなかった。むしろ温かった。
 私などをそれはそれは大切そうに抱きかかえてくださる龍神様が……護ってくださっているのだろうか。

 空を飛ぶ旅は、そう長い時間ではなかった。
 たどり着いたのは高山の真ん中にぽっかりと存在する、神秘的な龍神様たちの郷。

「すごいです……」

 思わず、言葉を漏らしてしまう。
 周囲が深緑に満ちてしんと静まるなかで――龍神様の郷だけが、はらはら、はらはらと、桜であふれていたからだ。

 龍神様の郷があったなんて……。
 知らなかった。

 でも、同時に私は納得もしている。
 人間は、どんなに好奇心旺盛な探検家だってこんな秘境に辿り着けるわけがない。
 こんなに深い森を分け入って、こんなに高いところまで、昇ってこられるわけがないから――。

 そして若き龍神様とともに、龍神様の郷へ降り立つ。

「ただいま、そしてようこそ、ひな。ここが俺たちの、これから暮らすところだよ」

 龍神様たちの暮らす郷は、入り口からして夢の世界のようだった。
 瓦が龍の角のごとく堂々と反り返る、大きくて荘厳な鳥居。
 ふかふかの草の絨毯に、桜がどこまでもどこまでも咲き誇る。花々の甘い香りが、透き通った空気を彩るかのように香る。澄み渡った池には赤い橋が渡され、中では鯉たちが優雅に泳いでいる。

 さながら、理想郷だった。

「……きれいですね……すごく……」

 胸がこんなにもいっぱいなのに、私の言葉ではそんな簡潔な言葉を漏らすだけで精いっぱいだった。

 そして、自分の声に対してちょっとだけ違和感を覚える……あれ、私の声、こんなに高かったっけ?
 でも普段から声を出さない生活をしていたから、よくわかっていないだけかもしれない。

 若き龍神様は愛おしそうな声色で、私に言葉をかけてくれる。

「ひなが喜んでくれると、俺も嬉しいよ」

 そこで、ふと、気づいた。
 声が、頭上から聞こえてくる……?

 隣に立つ龍神様を見上げた。
 ……龍神様の背丈がとても高いのかもしれない。
 でも、それにしても、大きくていらっしゃる。
 まるで幼子が大人を見上げているよう――。

「……龍神様は、大きいのですね」

 若き龍神様は、くすくすと笑った。

「ひなが、小さいんだよ」

 龍神様はしゃがみ込んで、私に目線を合わせる。
 人間離れした芸術品のようなお顔が、すぐ目の前に……。
 慌てる私に笑みをもっと深くして、龍神様は私の頭に手を伸ばして柔らかく撫でた。

「私は、小さいんですか?」

 村の男たちより小さかったのは確かだけれど、私よりも小さな村の女たちもいた。
 だからそう言ったのだけれど、龍神様はいよいよおかしくて堪らない、とでも言うかのようにくつくつと笑った。

「そこに池があるだろう。郷の池は澄んでいて鏡にもなるから、覗き込んでおいで」
「わかりました」

 どうしてだろうと若干気になりつつも、私は小走りで池のほとりに行く。
 龍神様が示したのは、赤い橋がかかり鯉の優雅に泳ぐ池のことだ。

 池を、覗き込むと――そこに映っていたのは、小さな小さな女の子だった。
 長い黒髪にぱっつんの前髪、桃色の下地に金色の星々のような模様の可愛らしくも上品な着物。頬はさくらんぼのように染まり、唇もつやつやして、弾けそうなほど健やかだ。
 まだ年端もいかない、それこそ七つにもなっていないような。
 龍神様も充分若く見えるけれど、もっともっと幼い――たとえるならば、兄と妹ほどの年齢差だった。

 幼いころの私と顔立ちは似ていた……けれど、装いや雰囲気は似ても似つかない。
 私がこのくらいの年齢のころには既に巫女とさせられていた。髪の毛はいつもささくれる木々のように乱れていて、まだ子どもなのに山姥だと村の男の子たちにからかわれていた。ろくな着物を着せられることなどなく、ぼろ布を服代わりにしていた。顔色はいつもげっそりとして、生気がなかったに違いない。

 まばたきをすると、ぱちくりと湖に映る幼子もまばたきをした。
 びっくりして口を手で押さえると、湖に映る幼子もそうした。

 これは、もしかして……。
 もしかしなくても、私だ……。

 三十の大人だったはずなのに、幼いころの自分に――しかも実際よりずっと恵まれた状態で、……戻っている。

 これが、自分がもっとも幸福でいたかった歳に戻れる――ってこと?