形ばかりの祈りを終え、村長や村人たちが目を開ける。

「巫女よ。――なにか言い残すことは?」

 村長はやたらとぎらぎら光る瞳で、私を高みから見下ろしてくる。
 村人たちも、私を蔑んでいる。

 ……老若男女関係なく、うつむいている人は、私を憐れんでくれているのかもしれない。
 彼らは直接、私を虐げてくることはなかった……。
 けれども私を助けてくれることもなかった。


 ……仕方ない。私だって、巫女ではなければ――巫女を助けるなんて、できるわけない。
 そんなことすれば、次に巫女に指名されるのは――その家の女だろうから。

 だれだって。
 この村の因習の、被虐の巫女にはなりたくないはずだ。


 言い残すこと。
 だから。……私が、願うのは。

 私で、被虐の巫女は最後にしてくださいませんか――。

 ……もう、こんな因習、なくなってしまえばいい。
 お願いだから――私で、最後にして。

 これ以上、神聖な龍神様の名前を利用して、苦しむ少女を生み出さないで――。


 しかし、私は。
 せめてもの願いを、言葉にできなかった。

 唇をどうにか開けるのが、精いっぱいで。
 それ以上は、怖い。
 村長や村の人々になにかを言うのは怖い。

 これまで口答えなどしようものなら酷い目に遭って、だから私は、いつしかまともに話をすることさえ封じていたのだから。

 言いたかったのに……。
 最期の最期まで私は、なんにもできない、……ただ他人を怖がるしかできない、被虐の巫女だった。

 村長は、鼻で笑った。

「ふん。言い残すこともないのか……虚しい人生よ」

 村の人々も、嘲笑している。

 もちろん。
 望んで。
 そんな人生を送ったわけでは――ない。

「それでは――龍神様への捧げ物を始めよう、皆の衆」

 村長は、右手を高く挙げた。
 その手には――曇りの日でもギラリと光る、刃物があった。

 他の村人たちも、各々、持ってきた道具を構える。
 村人たちは、今日の私のためにわざわざ、各々の家から道具を持ってきてくれているのだ。
 私を、生贄にするために。


 ああ。
 これまでも、痛めつけられたこと馬鹿にされたことも、いくらでも、……あったけれども。

 殺されるのは、これまでにないくらい、苦しかった。

「死体は龍神様への捧げ物だから、湖に投げ入れておけ」

 村長の声がする。
 死体……。
 もう私は、ひとから見ても生きているか死んでいるかもわからない、状況なのだろうか。

 ……龍神様のいらっしゃるという、湖。
 ずっと、手入れしたかったのに、できなくて。
 ついに、汚れてしまったままだった……。


 ……はやく、この命が終わってくれるといいな。
 ほんとうに。はやく、終わってくれるといい。
 はやく……意識がなくなってしまえば、いいのに。
 私なんか死んでしまえばいいのに……。


 はやく。


 ……私は龍神様を信じている。
 もちろん、お会いしたことも、直接にその存在を感じたこともないけれど……。

 家族の顔をだれひとり知らず、村のだれにも優しくしてもらえなかった私はずっと、神々しくて清らかな、龍神様を信じている。龍神様だけを、信じている。


 せめて、最後は。
 痛くないように、してくださいますか。龍神様――。


 ただそれだけの希望を込めて、私は灰色の空を見上げた。……空を自在に飛ぶと伝わる龍神様だって、こんな日に好き好んで飛びはしないだろうという、どんよりと曇った空。


 ――ひな。
 頑張ったね、って。


 生涯、ほとんど呼ばれなかった私の名前を呼んで。頭を撫でて、……きれいで、透き通っていて、もう苦しいことも痛いこともなにもない場所に、連れていってくださいますか……。


 はやく、迎えに来て。
 龍神様。


 はやく。



 ……はやく。



 私の意識は、そこで、途絶えた。……やっと死ねる喜びを感じる間もなく。

 そして。
 このあと本当に、龍神様が私を迎えに来てくださるとまだ知るよしもなく――。