幼女の身体は、なかなか慣れなかった。
 身体がちいさい。手も足も、なにもかもがちいさい。自分のものではないみたいだ。お人形さんのものみたいだ。

 でも、私はなんにもできなかったから。
 ほんとうになんにもできなかったから。

 まともな食卓につくのが初めてで、食事の作法も知らなくて。
 文字の読み書きを習ったことがなくて、筆の持ち方さえわからなくて。
 ずっとぼろい布の上で眠っていたから、布団の敷き方もわからない……。

 でも、陽さまはいつも優しく教えてくださる。
 私がわかるように教えてくれて、いっしょにやってくれる。

「ひなは、幼いのだから。いっしょにやろう、ね?」

 できない、ということの恥ずかしさも悔しさも、幼いのだからと言い聞かせてもらえれば――そういうものかもしれない、と思えるのだった。

「そうそう、すごい、ひなはすごいな……こんなに小さいのに、もうできてしまったなんて! さすがは俺の花嫁、愛してるよ……」

 そしていちいちおでこに口づけなんかしてきて……。
 とろけるほど優しく……教えてくださるのだ。

 見た目には同年代のすずさんとも仲よくなって、いっしょにびい玉やめんこや、いろんな遊びをするようになった。
 遊びというものの存在は知っていたけれど、自分がやったことはなかったから……。

 こんな幸福な生活を送っていても。
 村でのつらい生涯の記憶は、いつでもどこでも襲いかかってきた。

 でもそのたびに陽さまは、私のおそばにいてくれて、撫でてくれて、私が落ち着くまでいつまでもいつまでも共にいてくれた――夜が、明けるまででも。

 私の心は。ううん。……私という、人間は。
 陽さまのおっしゃった通り、再出発していた。
 不幸だった人生を取り戻して……やりなおしていた。


 幼いころにも若いころにもできなかったなにもかもが――この小さな身体だと、とりこぼしたものをひとつひとつ、取り戻していける、……陽さまがともに、取り戻してくれる。


 ひと月の後、私と陽さまは盛大な結婚式を挙げて、正式に夫婦となった。
 円さまもすずさんも精霊のみなさまも、とってもお祝いしてくれた。
 晴れやかな青空のもと。美しい、桜ばかりの幻想的な龍神様の郷で――。


 ――これは私が幸せになる前のお話。
 そう、いま、私はとっても幸せだ。
 陽さまの寵愛を受けて――。

 幼女として再出発した私が、本来の自分を取り戻して。
 おてんばとまで言われるようになって。

 被虐の巫女がもう二度とあの村に生まれないために、私が陽さまとともに村に降り立って。


 ――私で、被虐の巫女は最後にしてくださいませんか、と。


 陽さまが護ってくださる隣で、村長や、村の人々に堂々と言い放って。
 陽さまの、特別な、龍神のお力も使っていただいて。
 村長や村人たちが自らひざまずくまでになり、長年続いた龍神と村人との約束を破棄させ、村には二度と被虐の巫女が生まれないようになるのは――もう少し、先のお話。