翌朝、雨は上がり、からりとした青空が広がっていた。
今日は土曜日なので、朝から春野と会うことになっている。
どこに行くのかは聞いていない。ただ、九時に駅で待ち合わせということだけ、昨日確認した。
朝には弱い僕だけれど、なぜか今日は目覚ましが鳴るより早い、六時に目が覚めた。
――あと二日。
起きてすぐ、真っ先に浮かんだのはそんな言葉だった。今まで、残り日数を気にしたことなんてなかったのに。
春野と交わした契約は、明日の日曜日までの七日間、いっしょに過ごすことだ。
今となっては、僕のほうはそれで終わらせる気なんてみじんもなくなって、明後日以降も春野との関係を続けていくつもりでいるけれど。
だけどきっと、春野にその気はない。
明日、契約期間が終われば、春野は僕に、もう二度と会わないつもりなのだろう。
外国に引っ越すという、うそまでついたのだから。
「あら、出かけるの?」
着替えてリビングに下りてくると、僕の姿を見た母がちょっと驚いたように訊ねてきた。
「あー、うん」と僕はなんとなくバツの悪さを感じながら、
「今日は一日出かけてくるから。ごめん」
そう言うと、母はきょとんとした顔で目を瞬かせて、
「え、なんで謝るのよ。いいじゃない、いってらっしゃい」
とうれしそうな笑顔で言われ、今度は僕がきょとんとしてしまった。
え、と思わず声をこぼせば、
「最近の律、休みの日にどこか遊びにいくとか全然してないみたいだったから。なんか心配だったのよね」
「……だって、それは」
ひまりが病気になったから。
ひまりは病院から動けないのに、僕だけがお金を使って遊び歩くなんて、できるわけがないと思ったから。
ずっと当たり前として僕の中にあったそんな考えを、母がさらりと否定するようなことを言ったので、僕が唖然としていると、
「楽しんでおいでね。べつに遅くなってもいいから」
上機嫌な笑顔で、母が言葉を継ぐ。そのあとで、「あ、でも」とふいに悪戯っぽく目を細め、
「女の子といっしょなら、あんまり遅くなったらまずいか。親御さんに心配かけないように、ちゃんと暗くなる前に帰してあげてね」
「……は?」
僕はぽかんとして母の顔を見た。遊びにいく相手の性別についてはなにも告げていないのに、なぜか確信した表情の母に戸惑っていると、
「だって律、なーんか妙におしゃれしてるし」
「え」
「朝早くから、洗面所ずいぶん長いこと占拠して、髪型整えてたし」
「いや、それは」
寝ぐせがついていたから、直そうとしていただけだ。ただ単に、寝ぐせをつけたまま出歩くのは僕が恥ずかしいからで。服についても、そりゃあバイトに行くときよりはちゃんとした服を選んだつもりだけれど、それはべつに、街に出ることに対して気合を入れただけで、べつに春野に会うからおしゃれをしたとか、断じてそういうわけではない。
――というようなことを咄嗟に反論しようとしたけれど、
「大丈夫、ばっちり決まってるわよ。服も髪もいい感じ」
ぜんぶ見透かしているような母の柔らかな眼差しに、思わず言葉に詰まった。
反論してもなんだかよけいに墓穴を掘ってしまうような気がして、僕は言いかけた言葉を飲み込むと、
「……いってきます」
小さく言って踵を返せば、「いってらっしゃーい」と母の楽しそうな声が背中にかかった。
今日は土曜日なので、朝から春野と会うことになっている。
どこに行くのかは聞いていない。ただ、九時に駅で待ち合わせということだけ、昨日確認した。
朝には弱い僕だけれど、なぜか今日は目覚ましが鳴るより早い、六時に目が覚めた。
――あと二日。
起きてすぐ、真っ先に浮かんだのはそんな言葉だった。今まで、残り日数を気にしたことなんてなかったのに。
春野と交わした契約は、明日の日曜日までの七日間、いっしょに過ごすことだ。
今となっては、僕のほうはそれで終わらせる気なんてみじんもなくなって、明後日以降も春野との関係を続けていくつもりでいるけれど。
だけどきっと、春野にその気はない。
明日、契約期間が終われば、春野は僕に、もう二度と会わないつもりなのだろう。
外国に引っ越すという、うそまでついたのだから。
「あら、出かけるの?」
着替えてリビングに下りてくると、僕の姿を見た母がちょっと驚いたように訊ねてきた。
「あー、うん」と僕はなんとなくバツの悪さを感じながら、
「今日は一日出かけてくるから。ごめん」
そう言うと、母はきょとんとした顔で目を瞬かせて、
「え、なんで謝るのよ。いいじゃない、いってらっしゃい」
とうれしそうな笑顔で言われ、今度は僕がきょとんとしてしまった。
え、と思わず声をこぼせば、
「最近の律、休みの日にどこか遊びにいくとか全然してないみたいだったから。なんか心配だったのよね」
「……だって、それは」
ひまりが病気になったから。
ひまりは病院から動けないのに、僕だけがお金を使って遊び歩くなんて、できるわけがないと思ったから。
ずっと当たり前として僕の中にあったそんな考えを、母がさらりと否定するようなことを言ったので、僕が唖然としていると、
「楽しんでおいでね。べつに遅くなってもいいから」
上機嫌な笑顔で、母が言葉を継ぐ。そのあとで、「あ、でも」とふいに悪戯っぽく目を細め、
「女の子といっしょなら、あんまり遅くなったらまずいか。親御さんに心配かけないように、ちゃんと暗くなる前に帰してあげてね」
「……は?」
僕はぽかんとして母の顔を見た。遊びにいく相手の性別についてはなにも告げていないのに、なぜか確信した表情の母に戸惑っていると、
「だって律、なーんか妙におしゃれしてるし」
「え」
「朝早くから、洗面所ずいぶん長いこと占拠して、髪型整えてたし」
「いや、それは」
寝ぐせがついていたから、直そうとしていただけだ。ただ単に、寝ぐせをつけたまま出歩くのは僕が恥ずかしいからで。服についても、そりゃあバイトに行くときよりはちゃんとした服を選んだつもりだけれど、それはべつに、街に出ることに対して気合を入れただけで、べつに春野に会うからおしゃれをしたとか、断じてそういうわけではない。
――というようなことを咄嗟に反論しようとしたけれど、
「大丈夫、ばっちり決まってるわよ。服も髪もいい感じ」
ぜんぶ見透かしているような母の柔らかな眼差しに、思わず言葉に詰まった。
反論してもなんだかよけいに墓穴を掘ってしまうような気がして、僕は言いかけた言葉を飲み込むと、
「……いってきます」
小さく言って踵を返せば、「いってらっしゃーい」と母の楽しそうな声が背中にかかった。