自分の部屋と同じ間取りのはずなのに、玄関を開けると色も空気も雰囲気も全く違う。そんな慣れない部屋の中に、どこか知っている香りがした。
「へー、綺麗」
いつの間にか晴れていた外からの光が部屋の床を照らし、その上を歩く。
紺色を基調とした家具に、片付けられたキッチン。机の上は整頓されていて、並べられている本はすぐに見つけられそうだ。寝室らしき部屋のドアは閉ざされている。
「お兄さん桜好きなの?」
「まぁ、そうだな」
この部屋に来て、最初に気づいた。ここには桜の香りが広がっていた。カウンターの端にピンク色のハーバリウムアロマが置いてある。男性の部屋にあることに違和感はないが、この部屋には似合わないと思った。
「私好きなんだぁ、桜」
壁を挟んで話していた時よりも声に色がついている清宮を見た男性は安堵の息を零した。
「あ、てかなんでお兄さんベランダにいたの?」
「植物置いてあるから、水やってた」
「ふーん」
テレビの近くに敷かれていたカーペットの上には小さめのテーブルがあり、そこに座るように言われた。清宮は窓の外が見える位置に座り、氷の入ったお茶を持ってきた男性は、彼女の向かい側に座る。
「そう言えば、お兄さんの名前聞いていい?」
受け取ったグラスのお茶をひと口飲むと、沈黙を恐れた清宮はベタな質問をした。
「海堂晴だ。君は?」
海堂と名乗った男性は、二十代前半くらいで爽やかな印象だ。
今日まで互いに顔を合わせて挨拶をしたことはなく、名前も職業も知らなかった。
「清宮香乃だよ」
彼女が名乗ると海堂は一瞬目を逸らし、グラスを持ち上げる。
「高校生?」
その言葉にハッとした清宮は自分の格好を見た。そこには白シャツに赤いリボン。膝の上には、太ももが半分隠れるほどの長さの紺色スカート。
「これは部屋着だね」
誰がどう見ても制服に見えるその服装を、清宮は部屋着と断言する。それに海堂は首を傾げる。
「こう見えて私、大学生なんだよね。それも二年目の」
明るい茶色のセミロングから見えた静かに光るピアス。高校生よりも少し大人っぽい雰囲気の彼女を見て納得した。
「大学生なのに、どうして制服なんか着てるんだーって思った?」
彼の顔色を伺いつつ、清宮はグラスの縁を人差し指でなぞる。
「それで行くのか?」
真面目に聞いてきたのが面白くなり、思わず下を向いていた視線を上げ、口に手を当てて笑う。
「そんなわけないじゃん」
楽しそうに笑う彼女を見た海堂は少しムッとして口を開いた。
「そんなに笑わなくてもいいだろ」
お茶を飲み干して、空になったグラスに光が当たる。それが眩しくて彼はカーテンを半分閉めた。
ひとしきり笑った後、清宮は軽く息を吐いて言った。
「さすがにこれ着ては行かないよ。ただのコスプレだね。高校卒業して制服着たらコスプレになるんだって」
グラスを両手で包むようにして清宮は淡々と話す。
「この制服を何となく着て、このピアスも何となく開けて。特に理由はないの」
右耳に髪をかけると、そのまま俯いた。