深呼吸をして落ち着いた清宮は海堂に話す。

 「実はその彼氏、性格も見た目もお兄さんとは違うけど、一つだけ共通点があって」

 「……」

 「名前……その人の名前、晴って言うの。偶然だとしても、今日お兄さんと話したことを勝手にあの人の本心だと受け取って、元の世界に帰ろうと思う。私に生きて欲しいと思ってくれる人がいるから、私は生きるよ」


 清宮がその言葉を放った途端、再び鐘の音が響き渡る。その音は先程よりも近くに聞こえ、残り時間に詰め込むように海堂は少し早口で話した。


 「君の恋人は、昔の俺に似ている気がする。今ここにいる俺は上手く話せているかもしれないけど、本当は人と話すのが苦手で好きな人に対しても口下手だった。ただの似ている人だったとしても、その人なりに色々考えていると思うんだ。アドバイスをするとすれば、遠慮せずに行動することだな。多少強引な方が本音を話しやすいだろうし、そうすれば君の声にも応えてくれるはずだ」

 その言葉に清宮は、ふっと笑みを零した。

 「そうかもね。今度会ってまともに話せるようになったら、やってみる。彼の心が変わっていなかったら、だけど。……最後にひとつ聞いてもいい?」


 清宮の言葉に海堂は静かに頷いた。


 「ここで私が生きることを選択して、お兄さんの後悔は消える?今の私が生きていたとしても、お兄さんの世界の彼女は帰ってこない」

 「そうだな。でも、どこかに自分と出会ったことで生きるという選択をした人がいると分かっているから、それだけで十分だ。大切なものを失った悲しみは消えないが、君に生きろと言ったからには自分も負けずに生きないとだろ?」


 相変わらず優しくて、真っ直ぐで太陽のような声は清宮を通り過ぎていく。しかし彼女はその言葉を、手を伸ばして掴んだ。


 「私、桜の香り好きなんだ」

 「あぁ、知ってる」

 「もしかして、彼女もそうだった?」

 「そうだった」


 もうお互いの間には壁も距離もない。


 「私も、海堂さんみたいな人になりたいな」
 
 「それはやめておけ」

 「いいじゃん別に。かっこいいよ」

 「なら、俺よりかっこよくなれ。大切なものを守れるくらいに」

 「分かった」


  ______……。


 最後の鐘が鳴り響いたその瞬間、部屋に強い光が差し込み、辺りは白に包まれる。

 「時間だな」

 捻れた時空に存在していたこの世界は、きっと何事もなかったかのように消えてしまうだろう。


 「ありがとう」


 目の前には、あの人がいる。
 細かい表情までは見えないが、確かに笑っていた。


 もう二度と会えない人の幸せを、静かに願う____