ひと呼吸おいて海堂は再び話し始めた。
「俺が死ぬ一ヶ月前に、恋人が亡くなった。大学時代の同期だったんだけど、付き合い始めて一週間、突然彼女が死んだ。理由は分からない。そんな素振り見せなかったし、お互い悩みを打ち明ける仲でもなかったから気づけなかった」
話をする海堂の表情を見るに、仲が悪かったわけではなさそうだ。
「自分にとって生きる希望だった彼女がいなくなって、空っぽになった生活に耐えられなくなった。それ以外にも職場でのストレスとか色々あって、俺は彼女の後を追うように死んだ。結局、彼女の明確な動機は今も分かっていないけど。でも、君と話して気づいたことがある」
「私?」
清宮は顔を上げて海堂と目を合わせる。
「俺が付き合っていたのは、君だ」
その言葉を清宮は冷静に受け止めた。
「私、未来人じゃないけど」
そのような反応が返ってくると分かっていたかのように、海堂は話し出した。
「名前も容姿も違うけど、間違いなく君だった。雰囲気も選ぶ言葉も似ている。だからきっと亡くなった理由も君と同じではないかと思う。彼女が人間関係で悩んでいるのは大学時代から噂で聞いていたし、仕事を始めてからも人の集まる場所は極力避けていたらしい」
「それは、心の声が聞こえるから……?」
探るように清宮が訊ねる。
それに対して海堂は頷いた。
「今思えば付き合ってから何度か心を読んで行動していたように思える節がいくつかあった。でも彼女は偶然の一点張りで、それ以上は話してくれなかったから深くは聞かなかったけど」
その理由は先程清宮が話していたように、打ち明けた後の周囲の反応が怖くて言わなかったのだろうと海堂は思った。
「だから今ここにいる君は、俺がいた世界で失った彼女ではないかと思っている」
真剣に語る海堂に、清宮も同じ熱量で話す。
「仮にここが過去の世界だったとして、十年先のお兄さんがいた世界に同い年の私がいるなら、この世界の私は死んでなきゃお兄さんとは出会えないよね?でもお兄さん二十歳は過ぎてるだろうし、今から生まれ変わったとしても年月足りないから同い年の私がお兄さんと出会うことは不可能だと思うよ」
清宮の発言から少し考えた海堂は、ひとつの仮定を示した。
「パラレルワールド…… ある時空から分岐して、それに並行して存在する別の世界。その中の時間軸がずれた世界に、自分と同じ人物がいたとしたら」
海堂の言葉で、真剣に話を聞いていた清宮の表情が軽くなった。
「パラレルワールドに存在している同じ人物に同じ記憶があるとは限らないし、同じ年齢であるとも限らない……。つまり、お兄さんがいた世界には二十代の私が、別の世界にあたるこの場所では十九歳の私が同時に存在していたと」
この話は有り得ないものでもないかもしれないと、清宮は自らを納得させるように言った。
「私がお兄さんと付き合っていた彼女と同一人物であり、同じ未来を辿る可能性がある。だから私を止めた。お兄さんが言いたいのはそんなとこ?」
海堂は頷いた。
清宮は「そうかー」と手を後ろについて天井を見上げる。
それに、と海堂は言葉を続ける。
「君に生き続けて欲しいと言ったからには、ちゃんと力になりたい。俺自身の後悔を減らすためだけにかけた言葉じゃないということは分かって欲しい」
真っ直ぐ届く海堂の言葉を受け取った清宮はゆっくりと瞬きをした。
「お兄さんが私を引き止めたい理由は分かった。なるほど、パラレルワールドか。面白いね。私、お兄さんの話を信じるよ」
「案外君もあっさりしてるんだね」
少し驚いた様子の海堂に対し、清宮はどこか嬉しそうだった。
「それは、信じるに値する状況を経験したことがあるからかな」
そう言って清宮は右手の人差し指を口元に運び、にやりと笑って見せた。
「信じるか信じないか、それはお兄さんの自由。__私ね、過去から来たんだ」