◇
「おーい、美月!」
耳元で聞こえる彼の声にハッとして、まばたきを数回したあと隣へと顔を向ける。
「……な、なに?」
「今日の美月、ぼーっとしてるよ。何かあった?」
〝何か〟は、あった。
妹に受験する高校名を聞かされたあれが原因だと思う。
「な、何もないよ」
けれど、言えない。
そんなことで落ち込んでると思われたら、器の小さいやつだなって笑われるかもしれない。それにきっと理解されない。姉妹なんだったら、仲良くすればいいのにって。姉である私だけが悪者扱いされるに違いない。
「ほんとに? だって何度も声かけたんだよ。でも、気づいてなかったし。何か考え事してたんじゃない?」
油断をすればすぐ頭の中をあの話が支配する。もやもや、イライラ、渦巻いて、笑うことさえ困難になる。
──でも、ダメだ。早く忘れなきゃ。千聖くんは、勘が鋭い。気づかれる前に心の奥底に沈めなきゃ。
「う、ううん、ほんとに。なんでもないよ」
逃げるように千聖くんの方から顔を逸らす。
すると、空気を読み取ったのか「そっか」とそれ以上は触れてくることはなくて。溢れそうになった感情が鎮まった。
「そういえばさ、他になにかやりたいこと見つかった?」
唐突に話を切り替えるから、会話に追いつけなくて「え」と声を漏らすと。
「ほら、前に俺が言ったでしょ。まだ美月がやりたいことあるなら一緒にしようって、あれ本気だからね」
急速に記憶が手繰り寄せられて、「あ」声を漏らす。
たった数日ほど前の夜を思い出す。バイト終わりの帰り道、一緒に肉まんを食べた。誰かと一緒に食べたそれは、ほかほかで甘くて身体の中に染み渡った。
そのときに、千聖くんが言っていた。
けれど。
「そう言われても、とくにないっていうか……」
「ほんとに? もっとよく考えてみたらまだあるかもしれないよ」
「いや、うーん……」
実を言えばやったことないことはほかにもたくさんある。ずっと一人だったから。でも、それをやりたいかと言われればそうでもない。今さら思い出を作ったって無駄だと頭が理解しているからだ。
「──あ、でも」
ふと、あることが頭に浮かんだ。