床に座り、ベッドを背にして先ほどのツイートを見る。
ただ、分からないと言う事を聞いただけなのに恐ろしい数のリプがつき始めていた。その中に『先祖探しクラスター』という文字を見つけ、悠は驚いた。

アドバイスをくれた人達は、その先祖探しをしている人達らしい。その中でリーダ格と思われる方のリプがこうだ。
「はじめまして。お若い方でしょうか、曾祖父様を知りたいというお気持ちは素晴らしいです。Twitterには、先祖を調べていらっしゃる方々が多くいます。分からない事は聞いてみて下さい、きっと良いアドバイスが出ますよ」
という内容。

「先祖探しクラスターねえ・・・って、私のやっていることは先祖探しになるのか。へえ、面白い」
思わず『先祖探し』というワードで検索を掛けると、想像し得ない数のアカウントが引っかかる。ザッと見るだけで30アカウント程度は見つけられた。
その人達の、フォロワーを見ると、更にクラスターは多く。アカウントに『先祖探し』というワードが入っていないだけで、数え切れない人々が自分の先祖に興味を持っているようだ。Twitterには・・・というよりも、世の中には色々な趣味を持った人がいるらしい。

流れでツイートを見ていると、その人達はまず戸籍を取得して。それを読み解き、家系図を作り。古い写真を、親戚から集めたり。先祖がどんな仕事をしていたのか、武士だったのか、農民だたのか等、調べるようだ。
それを調べる手法は、様々(さまざま)で聞いたことの無いワードが並ぶ。当然だが、知らない世界が広がっている模様。

散々、関連ツイートを見てから
「おっと、こんなのに夢中になってないで小学校を調べるのだった」
やっと我にかえる。
悠は小バアに聞いた『こごうち小学校』という物をまずはググってみようと思ったのだ。

検索結果は・・・。

広島市立小河内小学校。
静岡市立清水小河内小学校
小河内小学校(奥多摩)の3つ。

「って、これ。大ジイの学校って、静岡の学校ってことじゃん。これ横浜の学校じゃないんだ。ダメだあ」

ガッカリしながら、先ほどアドバイスをくれたアカウントへ取りあえずお礼と報告を兼ねて書き込みをする。
『先ほどはありがとうございました。祖母に聞きましたら、曾祖父の小学校が分かりました。でも、横浜の小学校ではなく。横浜から転校した先のようです。少し残念です。』
一歩先に進めると思ったのに、これで万事休(ばんじきゅう)すだと思えた。しかし、まだここからまたリプがついてきたのだ。
『そうですか、では分かった学校に問い合わせをしてみましょう。関東大震災の時に、在学して居なければ。横浜に居た可能性は高いですね』
それを見て「なるほど」と()ってしまう。ストレートに調べるだけではなく。迂回して調べても、消去法で分かる事があるらしい。

その他の人からは
「まずは戸籍に書かれた生まれた場所をGoogleマップに入れて調べましょう。ただ、古い地名は今と違う事が多く。検索結果が出て来たらラッキーです」
「補足ですが、Googleマップで該当がなくても、ウィキペディアや、市町村のページで過去の地名が分かる事もあります」
等の情報が入っていた。

そのツイート主が言うには。
『最悪、自分では分からないという時は、市町村(現・横浜市)に尋ねるのも1つの手です』
「その手が有ったか」悠は手をポンと叩いて戸籍を見に走った。

相変わらずリビングには母の由季子がいて、ソファーに横になっていて今は韓流ドラマに夢中になっている。
「ちょっと前を失礼」
と、一言言うと机の上の戸籍を取る。
「悠、何か分かりそう」
半分上の空で、由季子が聞いて来たが「わからなーい」と答えまた部屋に戻り。一々束を開くのが面倒なので、相続書類の中から戸籍だけを抜き取り二つ折りにされた用紙を開いた。
「これで良しっと、見やすくなったし」
汚さない様に、クリアファイルに挟むとニヤニヤとそれを見つめる。

「大ジイの生まれた場所はっと・・・。神奈川懸横濱市西戸部町」
やはり、そこから先が読めない。
「これ、絶対に番地なんだけどな。これ、古い漢数字かも」
『貮』と『拾』の文字に頭を抱える。
「そうよ、これ。分からなければ、1から漢字変換して行けば良いんじゃ無い?私って頭良い」

彼女は、スマホを手にすると「いち」と平仮名を入れて変換していく。
「1は、壱。に2は貮!きゃあ、有った!」
新しい発見に、心からワクワクして引き込まれていく。
「3は、参。四五六七八九は、そのままよね。10は、おおっと拾だあ」
意外と簡単じゃあ無いかと、調べた物をA4コピー用紙に書いていく。
「壱貮参四五六七八九拾!やったぁ」
そこまで解決したのに、今度は別の分からない文字に出会う。一の横棒に縦の1に近い棒が幾つも重なって書かれているもの。
「まただよ、これ何よ」
のたうち回って、バタバタしていると下から「ただいま」と高志の声が聞こえてきた。
「よっしゃ、小ジイお戻り。これは、小ジイに聞いちゃおう」
戸籍の入ったクリアーファイルを持って、祖父の高志の元に走る。
ドタバタと階段を駆け下りてくる彼女を見て、高志は苦笑いをする
「おい、悠。もう少し静かに降りなさい子供じゃないんだろう」
そんな言葉を無視して
「小ジイお帰り!待ってたのよ」
飛びつかんばかりだ。
「なんだ、ばあさんが悠が探してたよって言ってたけど(また)アレか」
「そうそう、またアレ」
「ちょっと俺の部屋で待っててくれ、これをしまって、手を洗ってくるよ」
ボーリングの玉の入った袋をヒョイと持ち上げて見せると、洗面所に向かう彼。
「分かった、部屋で待ってるから」
「おう!」
片手を挙げる高志だ。

祖父母夫婦の部屋は和室で床の間があり、何だか良く分からない文字の掛け軸が掛かっていたりする。棚に水牛の角があったりと、純和テイストで異空間だ。
古い大きな丸テーブル・・・小ジイはちゃぶ台と呼んでいる物には、座椅子が2つ。悠は、座椅子に座ってまだTwitterを眺めていた。
「おう、またせたな」
タオルで手を拭きながら、戻って来た高志に悠は「待ったよう」なんて言って完全にジイジと孫状態だ。
「んで、今度は何ですかな」
イタズラそうに笑って、座椅子を横に動かして座る。
「これこれ、見て。この一に縦棒入ってる漢字読めるかなと思って」
どれどれ、遠近両用の眼鏡を手でずらして戸籍を遠ざけたり近づけたりして首も動かす。孫に頼りにされて、まんざらでは無いようだ。
「おお、これか。この生年月日の記述だろう。これはなあ、数字の十という漢字を思い出して見ろ。横棒に縦棒1本で10。じゃあ、縦棒2本入ってる(あま)いという文字の、真ん中の棒を抜いたもの廿(これ)にしたら何て読むと思う」
胸ポケットから紙を取りだして、ペンで書いてみせる。
「これって、10から推測して・・・20!」
「正解だ。じゃあ3本だと」
「30?」
「正解。要するに、これで十廿卅(じゅうにじゅうさんじゅう)だな。30は20みたいに、下の閉じてる線がない卅も存在する。ちなみに、10は()てるという文字に近い拾もあるし。昔は、色々な使い方をしてね。悠達若い世代には読めない物も多いと思うよ」
「へえ、小ジイって物知りなのね」
「まあな」
孫娘に褒められて上機嫌の高志だ。
「所で、小ジイは、大ジイの横浜の小学校の事をしってる?」
「さあなあ、あまりオヤジは昔の事は話さなかったって言っただろ」
「それはそうだけど、(さとる)さんに大ジイの『関東大震災の時の足取り』を調べて見たらどうだ、って言われてさ。何か火がついちゃって」
顎に手を掛け、ロダンの考える人状態の悠。
「やっぱり、お前もオヤジの血をしっかり引き継いでるな」
それを見て、彼は楽しそうに笑う
「それってどういうこと」
「オヤジはさ、若い頃に先祖を調べてたんだよ」
先ほどのTwitterの先祖探しの人達が、悠の脳裏に浮かぶ。
「で、何を調べてたの」
「俺が知る限りでは、オヤジのオヤジのオヤジ。要するに大ジイの曾祖父(ひいじい)様曰く。宮城(みやしろ)の家は元々、城持ちの武将で小さいながらも一国一城の城主だった。それが、戦で負けて山の中に逃げ入って住みついたのが始まりだ。とか何とか言われたらしい。それで、ずっと気になっていて先祖について調べていたらしいんだ」
「ひやあ、私とスケールが全然違うや」
「そりゃそうだ、オヤジはお寺さんに行って過去帳を見せて貰ったり。親戚中に聞き込みに行ったり。そりゃそりゃ、スケールの大きい調べ物をしてたからな」
「で、大ジイはどうなったの」
身を乗り出して、彼女は夢中になって尋ねる
「あれだけ必死に探したのに、何も分からなかったそうだ。まあ、先祖なんてのはそう簡単に分かる事じゃないっていうことだな」
「なんか、悔しいなあ」
「まあ、お前の関東大震災の足取り程度なら、何とか分かるんじゃないか」
気軽に言う小ジイに彼女は顔をしかめる
「本当に?」
「おお、本当にだ」
「じゃあ、どうしたら分かるのか一緒に考えてくれる」
「構わないよ、ただし『ギブアンドテイク』だ。運動して疲れたから、肩揉んでくれ。あ、腰もついでに」
話しを、中断させて畳みの上にうつ伏せになる高志。
「はいはいはいはい、お揉みすれば良いんでしょ」
「はい!は、1回で良し」
「はい!」
「じゃあ、頼む。揉んでる間だけ、俺の口は動く・・・ということでしっかり揉みなさい」
高志のお尻の上を、ヨイショっと跨ぐと悠は腰を押し始める。
「さあ、マッサージしてますよ。小ジイ、情報カモーン」
「よし、もう少し力入れろ。いいねえ、そのくらいだ」
完全に、乗せられている悠だ。
「で、まずは何を知りたいんだ」
「最終的には、大ジイの大地震の話を証明したいのよね。さっき、ママと一緒に大ジイの生年月日を見て、大地震の話の年齢を足してみたの。そうしたら、ジャスト関東大震災の年だったって訳」
「ふむふむ、だろうな。俺は何となく分かっていたぞ」
分かって居た癖に、なぜ言わない!と、責めたい気持ちをグッと飲み込む。
「で、その為には、昔住んでた家の場所と、小学校を確定したいかな」
「そうか、だとしたら俺が聞いた話をまずしてやろう。オヤジは子供の頃住んでいた場所が気になって、横浜に調べに行ったことが有るらしい」
「えっ、まじ」
驚いて声を挙げつつ、マッサージが止まると「続けろ」と催促して話しを再開する。
「ただな、関東大震災と、空襲で町が2度も焼け野原になって。尚かつ、都市整備計画で区画整備もあって全く面影は無かったそうだ」
「小ジイ、もう少し分かりやすく言ってよ。都市整備とか区画何とかって分からない」
「お前、高校生にもなってこのくらいの事が分からんのか。情けないヤツだな。要するにだ、昔から有った道に沿って家を建てるとゴチャゴチャした街並みのままだ。分かるだろ」
「まあね、狭い道や、入りくんだ道があったり。行き止まりだったりするし」
「で、折角というと不謹慎だが。焼け野原になったから、1人1人の土地の広さは後で調整するとしてだ。道を作り直したりするわけだ。何せ、焼け野原だから、区画を切り直せば綺麗な街並みが出来ると言う訳な」
「なるほど」
「だから、昔有った地名が無くなっていたり。すっかり景色が変わってしまったりするという訳だな。その点田舎は、明治時代から番地が変わらない所もあったりするらしい。全部オヤジの受け売りだがね」
へぇ、そういう物なのね。なんて相づちを打ち続ける悠。
「でも、大まかな場所は行けば分かったんでしょ」
「それがなあ、10歳くらいまでしか居なかったんで、記憶が(とぼ)しくて、分からなかったんだ。俺も一緒に行って、役所の都市計画を行った部署で聞いたんだが。元々の町名の資料が空襲で灰になっていて、当時都市計画を行った人は分かって居ただろうけれど、今は分かる人は居ないと門前払いされてなあ」
「そんなのおかしいじゃん」
「今思えばだな、オヤジも高圧的過ぎたんだと思うんだ。相手に対して、調べて当然みたいな言い方をしていたし。役所の人間も、資料なんて調べるのは面倒だし、取り合わなかったんだろうなと俺は思う」
「じゃあ、再度当たって見る価値は有りそうってことよね」
「まあ、俺はそう思うね。言い方次第、お願いのしかた次第ではどうにでもなる物だしな」
「人間対人間ってことよね。大ジイは、そういう所あったよね・・・と、言う事は、大ジイが調べても見つからない物を私が調べても無駄。これ以上、調べずに役所にしらべて貰う事に全力を傾けるしかないってことだよね」
かなり興奮して話し続けるのに、小ジイは背中を押されている場所が心地よいらしく「くううう」と幸せそうに声を出している。
「いいぞ、悠。そこそこ、もうちょっと下だ」
「小ジイ、ちょっとお」
力任せに、言われた場所を押すとグエッっと悲鳴に近い声を挙げて
「そうだ・・・おい、力入れすぎだ」
「しっかり対応しないと、お仕置きしますよお」
「はいはい、悠様」
「はい!は1回」
「まあ、落ちついて話しを聞け。俺に任せておけ、面白いから付き合ってやるよ」
「付き合ってやるって・・・取りあえず、肩揉むから座って」
彼を座らせると、悠は背後に立ち肩に指をあて、体重を掛けながら指圧をし始める。若い頃から、菓子作りで力仕事をしていた高志の肩は鉄板状態だ。
「堅っ!これを私にどうしろと」
文句を言いながら、必死に指圧をする。
「お前なんかが、役所の百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の役人に、口八丁手八丁(くちはっちょうてはっちょう)で勝てるとは思わんからな。俺が電話してやる。仕事の営業で鍛えた話術を伝授してやるよ」
「そりゃ、小ジイは営業担当だもんね。でも、そんな上手く行く物なの」
上手く(・・・)やるんだよ、出来ないじゃなくて、やってみせる(・・・・・・)だ」
「そうなの」
「そうだ、あと15分揉んだら電話してやる」
ニヤッと笑う高志と
「ええええ!まだ15分揉めって言うの。腕が死ぬうううう」
叫ぶ悠。取りあえず、新しい道は開けそうな予感がしていた。

15分のマッサージを終えて、腕が痛いと悲鳴をあげ、肩を回す悠の横で高志はスマホで何かを検索しメモを取っていた。
メモには、電話番号が書かれている。
「悠、大ジイの出生地の住所は、これだな横濱市西戸部町266番地っと」
「戸籍通りだと思うよ、これでどうするの」
「まあ、見てなさいって。今から西区役所に電話する」
「なぜ、西区役所なの」
「横浜は政令指定都市で、こういう所は該当する区に聞くのがセオリーなんでね」
「へえ、それって商売をする際のセオリー」
「まあ、そんなところだ」
そう言うと、メモをした用紙を見ながら彼は電話をかけ始めた。
今後の参考に会話が聞こえる様と、スピーカーにしている。当然、悠にも音が聞こえているので、彼は『しぃー』っと、人差し指を唇に当てて静かにしろと合図してくる。
「はい、こちら西区役所総合案内でございます。ご用件をお伺いして、該当部署にお繋ぎします」
若いオペレーターの声が聞こえてきた
(わたくし)現在、関東大震災の聞き取りをした内容の検証をしている者です。当時の住所と、今の番地が違う様でして、お分かりになる部署にお繋ぎ願いたいのですが」
そう伝えると、即座にオペレーターから「それでは、都市計画について分かる部署にお繋ぎいたします」と返答があり保留になった。

保留音の後、1分ほど待たされて担当部署に繋がった。担当部署の人は、部署名と名前を名乗った後に「どのようなご用件でしょうか」と、用件を聞き始めた。

高志は、部署名と名前をキッチリ聞き取りメモを取っている。それを見て、悠は小ジイをかなり見直した。
「実は、先ほどの方にもお話しましたが。当方、関東大震災の聞き取りをしておりまして。今、検証作業をして居る所です。ただ、既に聞き取りをした方は、お亡くなりになっておりまして。当日の足取りを検証する際に、家から学校までの足取りが分からないと、検証が出来ないという状況です。
家の住所は分かっておりますので、可能でしたらこの地区がどこの学校の学区であったか。この番地が、現在のどの辺りなのか大まかな場所で構いませんのでお教え願えればと思いましてお電話いたしました」
ここまで、何も準備無しにスラスラと息を吐く様に言う彼に、悠は目を見張った。相手に間髪入れさせず、断られない様な言い回しが出来るのはさすが営業職と言えるだろう。
ここまで言われれば、さすがに担当者も無下(むげ)には出来ないらしく。
「では、ご用件を纏めてよろしいでしょうか。現在、以前聞き取りされた関東大震災の体験談を元に、当日の足取りを検証されている。それに際して、対象者の自宅の場所と、可能ならば学区から学校が割り出せると尚良し。ということですね」
「はい、その通りです。大変お忙しいかと思いますので、調べて頂けるようでしたら急ぎはしません。お願いできますでしょうか」
高志は、悠を見ると舌を出してイタズラっ子の様にニヤッと笑う。
「ご用件、承りました。ただ、大変申し訳無いのですが戦災で色々な資料が消失しておりまして。どこまでお調べできるか、正直な所分かりません。
ご希望に添える詳細な内容をご返答出来るかどうか分かりません。その点だけ、ご了承願えればと思います。
可能な限り、早くお返事させていただきますので。しばらくお待ちください。では、お客様のお電話番号とお名前を戴けますでしょうか」
ここからは、サクッと連絡先を伝えて「では、お手数ですがよろしくお願いいたします」と彼はゆっくりと通話終了ボタンを押した。

「小ジイ!凄い、凄い」
はしゃぐ悠に
「俺もまだ捨てたもんじゃ無いだろ。物は言いようだ」
「まるで、関東大震災を調べてる研究者みたいだったけど」
「良いんだよ、お前も研究してるんだろ。嘘は付いてないぞ」
「ま・・・まあねえ」
「あまり、これは使うもんじゃ無いがな。奥の手だから、大事に使う様に」
彼がそういうと、2人は楽しそうに笑った。